2017年10月16日

3414話 鞘の武士


 村の山道から少し登ったところに妙見堂がある。妙見菩薩、それは北斗七星の神様のようなものだが、この時代、神も仏も似たようなものだった。
 その妙見堂は小さく、四角い箱のような家。これを建てたお寺は宗派替えをし、そのため妙見さんは祭られていない。そこに曰くありげな武士が棲み着いている。空いているのだからということで住職が貸したのだが、借り賃はいらない。どうせそのまま朽ち果てる運命にあるお堂のためだ。
 住職は知り合いだったため、そんなことができたのだろう。
 村人はその武士に興味をもった。見知った人しかいない村なので、異物が入り込んだので、当然だろう。しかし、もう若くはないが温和な顔立ちで、悪い人でなさそうだった。
 そして住職から聞きだしたのか、その武士の噂は広まる。噂はあくまでも噂で、尾びれが付いてしまった。武芸の達人。もの凄く強い武芸者だと。そして今まで倒してきた相手を弔うため、妙見堂に籠もっていると。
 それらは事実ではない。別の人の話で、この武士は達人ではない。よくあるような事情で、身を隠しているのだ。だから、籠もっている。
 しかし村人達は好意を持った。強い人だからではなく、温和で優しげな人で、そして気さくな人柄のためだろう。字を習いに来る子供もいた。
 だから、村に棲み着いた居候のようなもので、住職が世話はしなくても村人がしていた。
 これにも実は魂胆がある。居候であると同時に用心棒にもなるためだ。
 そしてその時が来た。無頼漢が大勢村に押し寄せ、乱暴を働いた。山賊ではなく、無頼の徒がたまに村や町を荒らしに来る。その名目は尊皇攘夷のための資金を出せということだが、これは強盗だ。
 村の造り酒屋に彼らが来ているのをいち早く妙見堂に伝えた。
 相手は五人。村人総掛かりで問題なく退治できるのだが、怪我をしたくない。
 村の武士は太刀を手に酒屋へ駆けつけた。そこそこ上背があり、肩幅も広いため、見てくれは強そうに見える。
 武士は無頼漢に、そんなことはやめるように説得した。相手は五人。いくら強い武芸者でも、五人で一気に斬りつけられればひとたまりもないだろう。当然説得に応じない。最初から分かっているようなものだ。
 酒屋の旦那は金を出すことを無頼漢に伝えた。怪我人を出すよりましだし、店先を血で汚したくなかったのだろう。
 これで、居候であり、用心棒の見せ場がなくなってしまった。
 しかし、一番ほっとしたのは村の武士だろう。下手に戦えば負けるに決まっていたのだから。
 だが、無頼漢たちはその金額では納得しなかった。もっと出せるはずだと。
 これで風向きが変わった。
 無頼漢は酒屋に刃先を突き出し、脅し始めた。
 村人は目で武士に催促した。ここです。ここです。あなたの出番です。さあ、という目だ。
 武士は、うん、分かっている。当然だ。うんうんと目で答えた。しかし、なぜか目をしょぼつかせたように弱気な目。
 武士は腰から太刀を鞘ごと抜き、地面すれすれに足元で構えた。当然片膝をつき。
 無頼漢はそれを見たとき、囁き合った。そして、嘘のように逃げ出した。
 村の武士は片膝から両膝付きになり、そのままべたりと座り込んだ。緊張が解けたためだ。上手くいったようだ。
 無頼漢の中に、その構えを知っている者がいたのだ。これは達人しか使わない居合いの構えなのだ。立ち足の構えという。片膝を突いているので立ってはいないが、相手が足だけで立つことになる。つまり膝から上はもうなくなっているためだ。
 当然この武士、そんな居合い斬りなどできないし、第一その太刀を抜いても、竹光どころか何も入っていないのだ。重いので、刃を抜いていた。
 刀を抜くのではなく、もう既に刃を抜いていたのだ。
 
   了
 
posted by 川崎ゆきお at 10:02| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする