2017年10月29日

3426話 至る


 これは将来伸びるだろうと思い、懸命にそれをやっていて、数年後、実はそれほどではなかったことがある。これは予定が狂う。そのために積み重ねた数々のことが無駄になるためだ。世の中には無駄なことなどないとはいわれているが、そのために使ったお金は帰らない。またその間の時間も戻らない。
 無理をして、そのとき買ったものが、もう役に立たないとなると何ともし難い。当然、その間、別のこともできたのだが、それを選ばなかったので、失敗すれば、その間、何もしていなかったのと同じになる。これは戻らないし、帰らない。
 時田にはそういうことが多い。そのため、継続的にずっとやっていることがないため、その道のベテランにもなれず、名刺の肩書きも淋しいもので、作らなくてもいいほど。
 しかし年を重ね、経験を積んでいるだけに、色々なことに通じている。これは遺産、財産のようになっているのだが、それは価値として測りにくい。
「何とかならんものかねえ」
 時田と似たようなタイプの平岡にぼやくのだが、これはもう解答は最初から分かっている。
「人生経験が豊富なので、それを活かして、何かをすれば」
「それはもう何度もしたよ。しかし、名刺がねえ。肩書きがねえ。大したものじゃないから、権威がない」
「そんなのいらないでしょ」
「そうなんだが、あなた何者って思われることが多いのだよ。そして、今まで何をしてきた人、と聞かれる。そんなとき、困る」
「どう答えています」
「一番メジャーなときのことを話す程度だけど、これもそれほど有名じゃない。説明しないといけないほどね」
「分かります」
「君はどうしてるの」
「もう年ですから、それなりのことをして、何とか暮らしていますよ。もう野心はありません」
「あ、そう。私より若いのにねえ」
「先輩はお元気だ。まだまだやれそうですよ」
「いや、私ももう老人だよ。今までの経験を活かすにしても、その期間はもう僅かだ。しかし、今まで何も成しえなかったからねえ。一つぐらいは何かをやった人として、終えたい。もう冒険はいいから」
「そこへ至りましたか」
「至りましたとも」
「僕など至らない人間なので、何処にも至りませんよ」
「それでね。何をしようかと考えている最中だが、何かないかね」
「あるわけないでしょ」
「昔は色々とアイデアを出したじゃないか」
「ああ、それは若気の至りです」
「至っていたか」
「はい」
「至れることがあるんだ」
「悪いことではいくらでも至れますよ。その逆が難しいのです」
「そうだね」
「至らない。それもまた、いい感じだよ」
「それで、今回は何を始めるわけですか」
「そうだね。そこへ至らなくても、そこへ向かう程度のことはしたい」
「はい、御達者で」
「うむ」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:46| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする