2017年11月01日

3429話 ねじ式


 人は時により、何かにねじ込んでいくことがある。
 白木は昼食後、散歩に出ることを日課にしているが、今日は台風で出掛けるかどうか、迷っている。こんなものは考える必要はない。台風の風と雨ではのんびり散歩などしている場合ではないだろう。非常事態ではないが、散歩は似合わない。
 しかし白木の散歩とは喫茶店へ行くことで、そこまでの道を散歩コースとしていた。だから目的地があり、そのメインは喫茶店でコーヒーを飲むことだ。ただ、コーヒーが好きなわけではない。喫茶店という場が好きなのだろう。それと仕事の殆どは喫茶店でやっている。だから単なる散歩ではなく、出勤なのだ。そのため、その道中は通勤ということになる。
 台風なのに呑気に散歩などしている場合というより、これは大事なお勤めなのだ。
 部屋ではくつろぎ、仕事もするが、雑用のようなもの。部屋のパソコンよりも、ノートパソコンを使うことの方が多い。
 一昔前話題になったノマド。ただ住宅地の中の喫茶店を回るので、あまり都会的ではないし、いつも決まった店なので、放浪しているわけではない。固定したノマドだ。
 しかし、この風ではいつもの店へは行けない。それなりに遠い。そこは昼食後に行く店で、これは固定している。昼はこの店でないと落ち着かない。そういう癖が付いている。ところが風雨は並ではなく、傘を立てるだけでも一杯一杯。これでは流石に行けない。
 そういう日のために、すぐ近くにある喫茶店を取ってある。これは普段行かない。値段が高いのが理由だ。日に何軒も入るので、高い店は無理。
 しかし、台風の日は別。そのために近いのに行かないで取っておいた。
 白木はどの程度の風雨なら自転車に乗れるかを知っている。風の音が高音だと、これはもう外には出られない。
 余程きつければ引き返すつもりで、近所の店へ向かったのだが、意外と風が強い。向かい風で傘を盾のように構えるので余計にペダルが重い。それといきなり風向きが変わり、傘の内側に風が入り込む。これは危険な状態で、それを片手で支えるのだが、指が痛い。強く握りすぎると引きちぎられるような感覚になる。そして前方が見えない。
 たまに確認のため、傘のお辞儀をやめるが、目の前に車がいたりする。通過するまで待っていてくれたようだ。台風も怖いが車も怖い。それに自転車は自動車から見ると貧乏臭く見える。野ざらしに近い状態と、応接室から外を見ている状態の違いがある。
 店は近いといっても向かい風なのでなかなか到着しない。風を避けるため、住宅地の狭い道に入り込むと、家々の谷間に入るのか、風よけになる。少し遠回りになるが、走りやすい。
 その狭い道がさらに狭くなってきた。近所なので、この辺りはよく知っている場所。しかし日常的に毎日のように通っている場所ではない。近くても馴染みのない町内、用がない場所は、いくら近くてもそんなものだろう。
 やがて風が弱まり、雨も小雨になる。そんなわけがない。台風は近付いている。これなら通過したときの状態。台風は夜に通過するはず。いくらスピードが上がったとしても早すぎる。それにスピードの変化も予測しての予報なので、間違いは少ない。
 それは分かっているのだが、風雨が弱まり、穏やかになっていくのはいいことだ。これはおかしいとは思いながら、既に人がすれ違えないほどの細い路地、いや隙間のようなところを自転車で走っていた。もしかして、この狭さで風の影響を受けないのかと、それも考えたが、雨はやみかけているのは事実。それに台風のあの風の音がしなくなっている。
 やがて、自転車のハンドル幅では通れないほど狭くなり、その先を見ると、体を横にしないと通れない。
 こんな町が近くにあるはずはない。
 白木は訳の分からないまま、自転車を置き、その狭いところへ体をねじ込んでいった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:48| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする