2017年11月04日

3432話 町に引き籠もる人


 疋田は引き籠もりではないが、町に籠もっている。自転車で三十分以内で行ける範囲だ。これは結構広い。日常的な用事で出ているだけではなく、少し寄り道をし、散歩をしたり買い物に出たり、秋になれば街路樹で紅葉を楽しむ。モミジではなく、殆どが桜の紅葉だが。モミジもたまに見る。人の家の庭木の中にある。それをじっと見ているわけにはいかないので、通りしなにチラリと見る程度。これで紅葉狩りに行かなくてもいい。松茸もたまに見る。八百屋の店先を通ったときに。もっとも山へ松茸狩りに行くことなど先ずないし、またそんな場所もないだろう。あったとしても入ってはいけない松茸山だ。しかし入り込んでもすぐには松茸など見付からない。
 八百屋のキノコ類だけではなく、生えているキノコも街中にはある。だからそれも見ているので、里山へ行く必要はない。
 しかし、この町内から外へ出る機会が減っているためか、電車に乗っての外出は滅多にない。それが気になるので、たまには出掛けようと思うのだが、用事がない。用事の殆どは町内でやってしまえるためだ。昔なら都会に出ないと置いていないような品も、郊外に進出しているし、それ以前にネットで買ってしまえる。こちらの方が都会に出て買うよりも早かったりする。
 そのため出掛けたいと思うのは、最近出掛けないため、このあたりで出掛けておいた方がいいと思うのが動機のようなもので、それが用事。
 しかし、そんな動機で以前は出掛けていたのだろうかと考えると、それはない。用事が買い物だったり、映画やイベントだったり、人と会ったりするのが目的だった。今はそういうことはなくなっている。見たい映画もないし、イベントもない。見たいとは思うが、出掛けてまで行くほどのものではない。
 町内に引き籠もるようになったのは定年退職後。趣味はなく、遊び好きでもない。
 たまに用事で大きな都会へ出掛けることもあるが、もう別の役者が舞台に上がっているようで、人が入れ替わり、その人達向けの街に変わっている。そこを行き来している人もやがて卒業し、これもまた入れ替わる。
 昔あったようなものはもうなくなっているが、残っているものもある。それらを懐かしがる遺跡巡りでもいいのだが、わざわざ出掛けてみるようなものではない。
 疋田は数年前、町に出る機会が減ったことを気にし、出掛けてみたことがある。しかしあまりいい思いはしなかった。これは目的もなく出かけたため。今と同じ動機だ。たまには出掛けた方がいいという動機。
 疋田の日常行動範囲の中にお隣の町へと行くバス停や都会へと繋がっている電車の駅が複数ある。その気になれば、さっと乗って行けるのだが、町内の引力が強いためか、飛び出せない。これも用事があれば用事の引力の方が強くなるのですっと出られるのだが。
「用事を作ればいい」
 というのが結論だが、これも出掛けないといけないと思うほどのものが見当たらない。
 疋田の友人は古代史や寺社について興味があるらしく、暇さえあればそういう場所へ出掛けている。いいネタを持っていると、疋田は羨ましく思う。見学会とかがあり、仲間と一緒に回ることもあるらしい。
 疋田もそれに見倣うことにしたのだが、ネタがないので、とってつけたことが自分でも丸見えで、これも真からの動機ではないので、無理だった。
 ただ、彷徨うというのは悪くはないと思っている。フワフワと漂うように出掛け、気の向くまま、風任せで漂流する。
 しかし、それは結構アブない人になる。
 そういうことで、今日も疋田は見慣れた町内をウロウロしている。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:26| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする