2017年11月06日

3434話 幽霊椅子


 いつも表に出ていた老人を最近見かけない。妻坂は日に二往復、都合四回そこを通る。日により三度見かけたこともある。
 狭い十字路に椅子があり、そこに座っていることが多い。行き交う人はほぼ町内の人。妻坂はその町内から少し離れた別の町内なので、ただの通行人のため、その老人がどんな人なのかは知らない。ただ、門番のようにそこに座り、こちらを見ているので、目を合わすこともあるが、できれば避けていた。交差点なので、左右の確認を大袈裟にする振りをして視線を避けるのだ。老人から挨拶代わりの会釈などはない。妻坂は見ていないのでよく分からないが、じっと通り過ぎるまで見ているはず。動くものがあれば、見て当然で、妻坂が同じ立場なら、やはり見るだろう。風景の中に飛び込んだゲストのようなもので、じっと座っておれば色々な人が行き交うため、退屈しないかもしれない。そのうち通行人の顔などは全部覚えてしまうだろう。そして時間帯も。
 だが、行くとき、その前を通るときはいるが、戻るときはもういないことが多い。ずっと座っているわけではないようだ。
 歩いている姿も見かける。それでどの家の人なのかはすぐに分かったのだが、十字路まで数秒の距離。しかし、それなりの服装をしており、そのまま電車に乗って良い場所にでも行けそうだ。これは四季を通じてそうなので、最初は町内の人だとは思わなかった。ゴミを出しに行くときのようなラフな服装ではないためだろう。
 歩いている姿もたまに見かける。夏場は黒い蝙蝠傘を差していた。ここが一寸違うかな、と思う程度。またその傘を日傘にし、その椅子に座っていることもあるが、暑いのか、長くはいないようだ。
 視線を合わせ、一度挨拶でもすると、その後もずっとそれをしないといけないので、妻坂はいつもその老人を無視していた。
 しかし、老人はコンタクトしたいのか、手首が少しだけ動く。これは微妙な動きで、これで腕が少し上がれば、手による挨拶になるが、そうなりかけて、ならない。これは相撲の立ち合いと同じで、妻坂が、相手のあたりを受け止める気があるかないかを探っているようで、もしその気配がなさそうなら挨拶のための手ではなく、単に動かしただけの手にいつでも変えられるように逃げ道を作っていたのだ。
 その老人を見かけなくなってから一年になる。その前に十字路の椅子が消えた。その角は一応公道で、花壇の端にある。誰かが置いた椅子だが、多いときは二つあった。消えた理由は分からない。
 その椅子が消える前に老人が消えていた。
 老人が消えた理由は当然分からない。寝たきりではなく、暇さえあれば外に出ていたのだから、まだまだ達者なのだが、歩き方は遅かった。
 踏切が上がる寸前のように手が上がりかけたのが唯一の接触だった。
 もし老人が亡くなっていた場合、幽霊として登場するとすれば先ず椅子が出るだろう。老人の幽霊ではなく、その前座として椅子が。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:56| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする