2017年11月11日

3439話 雨男


 春は花見、秋は紅葉を楽しめる寺がある。少し山に入った谷にあるのだが、近くには村があり、農家がすぐ横に見えている。鉄道は走っていないが、バスはあり、最寄りのバス停からは少し離れているが、それほど長い距離ではなく、寺の屋根が見えている。都市近郊の離れなので遠い場所ではないため行楽客が結構いる。寺の中ではなく、その周辺にサクラもモミジもカエデもあり、寺がなくてもここは名所なのだが、サクラは確実に植えたものだが、モミジは自然に根付いたものもあるようで、まとまっていない。つまり点在している。
 しかしモミジよりもサクラが多いため、サクラの葉もしっかりと赤くなるので、そちらの方が目立つ。ただ、色が違う。濃い赤はやはりモミジで、赤いだけではなく透明感がある。葉が薄いのだろう。
 紅葉シーズンは山が早い。
 その日はあいにくの雨で人出が少ない。寺だけを見に来るような人は希なので、花見と紅葉のシーズンでないと、行楽客もいないに等しい。それに雨が降っているため、これは致命的。そのため、山門前にある茶店もガラガラ。店屋はそこだけで、シーズン外は閉まっている。雨は朝から降っており、これでは最初から行く気にはならないだろう。しかし、シーズン以外の日に比べると、人がいる方なので、茶店は開いている。客が来ないので、開けていても仕方がないので閉めているというのでは、いかにも露骨だ。
 しかし、値段はかなり高い。こんな高いおでんの盛り合わせが世の中に存在するのかというほど。これは祭りの日の露店よりも高い。
 この茶店を長くやり続け、もう年寄りになった主人は、座っているだけで、殆ど動いていない。バイトに任せているのだ。本来なら店に出なくてもいいのだが、人を見たいのだろう。
 そして雨の日にも周囲が一番よく見える場所に座り、行楽客を見ているのだが、ある一人の男をずっと見詰めている。鋭い目ではなく、ただ、ぼんやりと。
 その男、毎年雨の日に来る。長いコートで長髪。外人のように背が高い。そして傘を一本持っているだけ。
 男が来るのは花見と紅葉の二度。しかも雨の日に限られる。人が少ないので、目に付いたのか、主人は覚えてしまった。年に二回しか見かけないのだが、何年も続くと記憶に残るのだろう。そしてずっと長髪で、ずっと同じ色のレインコート。
 茶店は仁王門を背にしている。だから寺の境内ではなく、その入り口付近にある。ここも紅葉が鮮やかで、寺に入る必要がないほど。茶店近くにモミジもあるが、これは植えたものだろう。当然このあたりはお寺の土地。
 男は紅葉の濃い場所ではなく、少し奥にいる。ここはそれほど紅葉する木はないが、それでも色づいている。そして離れた場所だが、大きい目の桜の木がある。その下で傘を差しながらじっと立っているのだ。春はサクラの花見、秋はサクラの紅葉を毎年ここで見ている人。
 茶店の主人はそれを見るともなしに見ている。雨なので人出が止まり、茶店周辺も無人になることがある。しかし、あの男は動かないで立ったまま長い時間じっとしている。これは誰が見たとしても目立つだろう。
 主人はじっと男を観察し続けているわけではない。たまにバイトが何かを聞きに来るし、また立ち上がってその用事をすることもある。一寸した食堂なので、何処に何があるのかを、新入りのバイトに説明しないといけなかったりする。そして用が終わると、また外がよく見える場所に座り、あの男を見るのだが、そのときはもういない。同じ場所でそうそう紅葉を楽しむわけにはいかないのだろう。飽きるはず。
 しかし、何年も主人は男を見ているが、来るところや去るところを見たことがない。
 そして主人は、そのことを誰にも言わない。言うほどのことではないためだが、それ以外に言いたくないような気持ちもある。そちらの方が大きい。
 主人はその男を雨男と呼んでいるが、実体があるのかどうかは分からない。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:29| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする