2018年01月07日

3496話 昔へ帰る人


 山間を走る国道が急に細くなってきたが、石黒は気付いていないようだ。いや分かっているのだが、あまり見ていないのだろう。国道を徒歩で故郷まで帰ることにしたのは反省の時間を持ちたいため。結構時間はかかるが、そこは昔の大きな街道でもあるので、次の町は宿場町。そんなものはもうないはずだがビジネスホテル程度はあるだろう。昔の人が歩いた道だ。
 IT関連の会社を辞め、国へ帰るのだが、これは上手く行かなかったため。石黒程度のレベルでは、もうちょっとネットやデジタルものに強い程度ではやっていけない時代になっていた。それで故郷へ帰り、やり直そうと考えた。しかし、まだ決心が付かない。心の整理もできていない。
 そこでその時間を作るため、徒歩で帰ることにした。これなら歩きながらじっくりと考えられる。様々なことを反省できる。
 そして出発してから三日目。結構ホテル代がかかる。車で帰ればガソリン代だけで済むのだが、売ってしまった。だから電車でも高速バスでもよかったのだ。
 しかし、そういった少しでも早くとか、少しでも効率よくとかに、もうIT業界にいたときは飽き飽きしていたので、思いっきりローテクなことがしたくなった。デジタルではなくアナログを。
 三日目も同じ国道だが、道が狭くなっている。山間に入ったためだろうか。しかし左右に余地があり、崖や川で拡張できないわけではない。田舎に行くほど狭くなるのは分かっていたが、少し狭すぎる。
 四車線から二車線になったのは納得できるが一車線ではトラックがすれ違うには待機場所がいるだろう。
 それよりも故郷に戻ることは昔に戻ることになる。これは今では望んでいることで、過去へ向かいたい。出直すとは、出発点に戻ることで、綺麗さっぱり国を出てからのことは忘れようと思った。
 頭の中はそんなことで一杯で、何とか気持ちも均されていき、初期化に成功したのかもしれない。過去に戻るべきだ。前へ前へと行きすぎたのだ。もっともっと後退すべきなのだ。
 しかし車の姿が見えない。
 歩道のない道なので、その方が好ましいので、気にはしていなかったが、田舎とはいえ国道。車の姿を見ないというのも不思議だ。
 そんなことはどうでもよく、メインは気持ちの整理、頭の中で、纏めだした。けじめを付けるための時間はまだ十分ある。
 山間の町に出たのか、建物がある。最初に目に入ったのは火の見櫓。田舎ではよくあるが、それほど辺鄙な場所ではないはず。
 そして町の入り口はまるで宿場町。これは昔の宿場町跡が残っているので、観光地化しているのだろう。
 そう思いながら夕暮れも近いので、ビジネスホテルを探そうと思ったが、町の様子からそんなビルは無理だ。そのかわり道沿いに宿屋が軒を連ねている。宿場町なのだから、探す必要などない。その多くは民宿だろうか。普通の家に近い。中には茅葺きもあるし、玄関先に大きな水車がある。回っていないが。
 宿場町風観光地に入り込んだのだが、人がいない。これはおかしいと思い、宿屋の中を覗いてみた。すると、三和土の向こうに帳場があるらしく、そこに老婆が座っている。
「まさか」
 そう思うのは、髪型が時代劇のためだ。髪は薄いが、日本髪を結っている。お婆さんが単に髪を後ろに纏めて団子にしているのではなく、左右に開いている。カツラの日本髪は見たことはあるが、この老婆の髪型はリアルすぎる。
 それで入るのをやめ、宿場のメイン通りを進む。そして人がちらほらと見えるのだが、これも時代劇。まるで映画のオープンセット。
 昔に戻りたい。とは思うものの、これでは昔すぎる。
「やりすぎたなあ」
 と思いながら、適当な宿屋に入ったが、入る前、少し躊躇した。心配した。
 宿賃が高いのではないかと。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:28| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする