2018年02月03日

3523話 姥捨て山出版


 大きな印刷会社の工場がある。本社があった場所だが、今は印刷方法も変わり、旧式の印刷機械などは姥捨て山行きになったが、この工場がそもそも姥捨て山。
 姥捨て山と漢字で書くと、お爺さんはどうなのかと思うのだが、これは余談。
 この姥捨て山工場はお爺さんが多いが、若い男女もいる。まだ若いのに捨てられたわけではない。これほど大きな会社だと労働組合がいくつもある。ここには組合員が多くいる。首になっても当然のような人も、組合が守り、ここで働いている。もうメインの印刷はここではしていないので、旧式の印刷機で、町の印刷屋程度の仕事をやっている。
 さて、その大きな敷地には無数の建物があるのだが、取り壊されないで残っている。当然本社としては、ここを売却したいのだが、組合が許さない。また役員や大株主の中にも反対する者がいる。
 だだっ広い工場の中に別練とか別館とか言われている建物がある。本社の大工場時代に建て増しが続き、それらが不規則に並び、露出したパイプ類や外付け機材などがまるで戦艦の甲板のように続いてる。
 その中で一番奥まった場所にある三階建ての建物を別練とか、別館とか、特別な言い方で使われている。これは建物に付けられた名ではなく、そこにいる人に対しての名で、別練さんとか、別館さんと言われている。
 三階建てだが実は二階までで、下は工場。上階にいる人の密度は工場内で一番濃い。労働組合の事務所ではない。
 ここは出版社なのだ。大印刷会社の出版部門ではない。印刷会社は関係しない。また、関係性が生じることもない。なぜなら出版業などやっていないためだ。
 別練とはいえ、下は印刷関係の作業場なので、結構広い。作業所の機械は稼働していない。下でうるさい音を立てると邪魔なため。
 一階は二階分以上の高さがあり、上の部屋まではむき出しの鉄の階段で上がる。天井が高いため、ここを登るだけでも一寸ひやりとするほど。上の階は事務所や休憩所があったようだ。仮眠室も。
 その大きな部屋に人がびっしりといる。出版社の人達だ。デザイナーやイラストレーター、カメラマンもいる。この人達はまだ若い。
 この大手印刷会社は出版はしていないが、町の印刷屋程度のチラシや冊子程度は作っているので、その編集やレイアウト、デザインから版下まで作っている。しかしそれにしては人数が多すぎる。社会部とか、文化部とかのデスクがあるが、チラシのレイアウト程度では必要ないだろう。
 しかし、別練さんのメインは雑誌と単行本。だが、一冊もそんなものは出したことはない。姥捨て山に捨てられたので、やることがないので、始めたらしい。
 機械は古いとはいえ、印刷機械は別の建物で稼働している。いくらでも出版できるのだが、刷れば赤字になるだけなので、そこは遠慮し、本気で出す気はない。
 しかし、メインの雑誌は週刊誌で、編集会議で明け暮れている。雑誌の創刊は十年前。だから十年分の記事がある。単行本は千冊を超える。印刷に回せばすぐにでも刷れる状態のまま溜まっている。一応ゲラ刷りだけは残っている。
 一冊分の原稿を十年間校正し続けている編集者もいる。
 そういう状態をまだ稼働している印刷機で、町の印刷屋レベルの仕事をしている人達が、別練さんと言い出したようだ。
 また、ある人は、その出版社のことを姥捨て山出版とも呼んでいる。
 ご苦労な話だ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:48| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする