2018年02月05日

3525話 石地蔵の怪


 稲賀道と古くから呼ばれている小道がある。昔の道なので、人がすれ違える程度の幅しかない。これが村落部や町に入ると、ものすごく広い大路になることもあるが、田んぼが続くようなところでは細い。
 稲賀道は富岡村と稲賀村を結んでいたらしい。村と村とを結ぶ幹線道路。その先はもっと遠いところと繋がっている街道。
 その稲賀道は今でも曲がりくねりながらもある。細さはそのままだが、畦川があった場所は蓋をすることで、広くなっている箇所もあり、ゴミの車ぐらいなら何とか通れる。
 沿道にはもう田畑はなく、住宅地。ここは村の外れにあるので、農家などはない。
 その村外れに相当する箇所に祠があり、そこで地蔵が目撃されている。そんな目撃例は古い記録にはなく、元村人だった人も、そんな話は聞いたことがないらしい。
 祠は犬小屋程度の大きさで、中に石饅頭があるだけ。別に地蔵を祭っているわけではなく、祠のあった場所に石地蔵が立っていた時期もあるらしい。村と村との境界線あたりにはありがちなこと。
 その石地蔵は祠の前で立っているようで、時間は夜。住宅地の中の道なので、水銀灯や街灯で明るい。真っ暗な道ではない。
 最初それを見た人は人が立っていると思うだろう。祠がある関係で、立ち止まってお参りでもしているのだと。
 祠は町内の誰かが掃除をしたり、供え物をしたり、石饅頭に前掛けを付けたりしている。放置された祠ではないが、何を祭っているのかは分からない。村人だった人に聞いても知らないらしい。だから適当にその辺にある石を祠に飾ってあるだけかもしれない。
 しかし、元々は石地蔵が立っていた場所。それはかなり古いらしく、その頃のことを覚えている人も、その話を知っている人も、何世代か前からの言い伝え程度。そういうのが、昔立っていたよと。等身大の地蔵。だから大きい。
 最近、その祠の前に立っているという石地蔵は、きっとその頃の地蔵ではないかと考える人もいる。当然、住宅地の人達ではなく、古くから住んでいる人達だ。
 さて、その石地蔵だが、歩く。
 石には関節はない。そのため足を動かして歩かない。そんなことをすると、割れるだろう。だからスーと移動するらしい。
 多くの目撃例では、祠の前でじっと立ち、しばらくして、スーと立ち去るらしい。
 立ち地蔵だ。犬小屋程度の高さの箱には入れないため、立ち去るのだろうか。そして何度も何度も入り方を考えに来るのか。
 元々、この地蔵が立っていた場所だ。それはわずかな時期だったらしい。
 ある朝、毎朝そこを通る近所の人が祠が壊れているのを見た。あの石地蔵が強引に入ろうとしたのだろうか。
 世話人達が相談したが、結局片付けただけ。その場所は、元農家の田んぼの隅っこ。そこは売らないで残していた。そして、今では何もない場所。ゴミ置き場にはちょうど良い広さだが。
 その後石地蔵の姿を見た人はいない。地蔵菩薩ではなく、別のものが入っていたのかもしれない。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:18| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする