2018年04月16日

3596話 静かなる鳩首


 とある大名の筆頭家老なのだが、この人は凡庸。しかし筆頭家老職は世襲制なので、凡庸でも筆頭家老をやっている。もう何代になるのか分からないほど長くなった。
 筆頭家老がいるのだから、普通の家老もいる。五人ほどいるだろうか。だから筆頭家老が凡庸でも他の家老が何とかしてくれる。
 普通の家老の中に優れた人がいても、筆頭家老にはなれないが、筆頭家老を代行するような役職が与えられる。これは一代限り。
 この大名家、凡庸な家老の時期に才気溢れる若様がおり、嫡男でもあるので殿様になるはず。
 この若様は凡庸な筆頭家老を嫌い、優秀な一人の家老と親しくした。つまり筆頭家老が邪魔なのだ。いても役には立たず、座っているだけ。
 若様は殿様にそのことを言うと、反対された。お前があとを継いでもあの家老は筆頭家老のままにするようにと。
 なぜかと問うと筆頭家老は変えられないためと念を押される。そういう仕来りで、これを破ると、秩序が乱れると。
 この殿様も何代目かなのだが、それほど優れた人ではない。そのため、政は家老に任せている。その筆頭家老が頼りないので、他の家老が実際には仕切っているのだ。その中に田中という家老がおり、若様のお気に入りだ。まだ若い。
 そうこうしているうちに殿様は隠居してしまった。まだそんな年ではないが、この人も凡庸なので、いてもいなくてもいいような存在だし、政が好きではない。だから才気溢れる息子に譲った。
 そのときも筆頭家老の大崎はそのままにしておくように念を押した。
 どうしてかと若様は聞くと、主筋だからと答えた。
 つまりこの大名家が昔仕えていた主人が大崎家だった。つまり大崎家を追い出したいきさつがあり、初代は周囲の影響を考え、大崎家を滅ぼさず、筆頭家老、つまり一番の臣下とした。主従が逆転した。
 当然代々の大崎家の人達は、そのことを知ってはいたが何せ凡庸な人しか出ないので、お飾りのように座っているだけ。
 若様はそれを守り、大崎を筆頭家老のままにした。まだ先代の父親が生きているのだから、下手な真似はできない。しかし、大崎が邪魔。役に立たない筆頭家老がいるだけでも嫌悪感を感じる。
 才気溢れる若い殿様にとっては当然かもしれないが、この凡庸な大崎氏が安全弁になっていることを知らない。
 重臣会議では常に若い殿様お気に入りの田中氏が仕切り、大崎氏は座っているだけだが、物事を最終的に決めるのは筆頭家老の大崎氏。これが重臣達のの総意ということで纏める役。
 この時期の大崎氏はかなり年寄りになっていた。跡継ぎがいるのだが、その人も凡庸。しかし凡庸なためか、当たり前のことを無難にこなしていたので、これが安全弁になっていたのだ。
 そのため、才気溢れる若い殿様と、これまた優秀な家老の田中氏のコンビで改革を試みるのだが、大崎氏がうんとは言わない。
 当然だ。その改革の中に筆頭家老は世襲制にはせずというのが入っているためだ。反対しないまでも大崎氏は頷かない。
 若い殿様が合意しているのに、大崎氏が合意しない。
 そこで田中氏は政敵を倒すことになる。殿様も黙認した。
 そして筆頭家老大崎家の屋敷を包囲し、一族皆殺しを目論んだのだが、田中氏が兵を出したとき、それを感知した大崎氏周辺の武将が味方に呼びかけ、救援にかけつけた。
 大崎屋敷へ向かう百人の兵。多すぎるのだが、そこは若い殿様が後ろにいるためだ。兵を動かせるのも殿様の黙認のおかげ。
 先代の殿様はそれを見て、心配そうにしている。
 田中軍が大崎屋敷に今まさに乗り込もうとしているとき、屋敷の前に幟が立っているのを見る。
 後ろを見ると、そこにも兵がいる。逆に田中軍が包囲されてしまった。
 大崎家というのは元々はこの一帯の領主。地縁血縁が多く、旧家臣も多くいたのだ。それらが立ち上がった。
 田中軍百に対し大崎軍は数千はいる。このままでは田中軍が全滅するどころか、城も危ない。
 先代の凡庸な殿様が心配したのはこれだ。大崎氏を何とかしようと試みると、何が起こるのか分からないと先々代から伝わっていた。
 先代の殿様は単身大崎屋敷に乗り込み、謝罪した。謝って済む話ではないが、大崎氏は了解した。
 それで血を見ず、事は治まったが、田中氏は追放された。
 凡庸で役立たずの筆頭家老だが、最大派閥の鳩首だったのだ。しかも静かな。
 
   了
  
posted by 川崎ゆきお at 11:13| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする