2018年04月20日

3600話 素人探偵


 春の明るい頃、竹中は暗い気持ちでいた。季節は明るくなっても気持ちは明るくならない。季節は巡るが竹中は冬のまま。冬眠するわけにはいかないので、寒い中、起きている。しかし寒さではなく、暗いのが問題。
 何か気が晴れ、明るくなるようなことをやろうとするのだが、それは明るい人で、暗い人は最初からその元気がない。つまり、明るい人が暗くなったとき、明るさを取り戻そうとするが、最初から暗い人は戻り先に最初からいるようなもの。
 ただ竹中には暗さの中にも明るさがある。これは暗さにも程度がある。程がある。階調がある。比較的暗くない暗さもある。暗いことには変わりはないのだが、竹中の中では明るい。これは本当の明るさではないのだが、ましな暗さだ。
 そういう時期がたまに訪れ、それが今日。
 外に出ると春の明るさと多少は同期する。これが一番暗い場合は、春の明るさは眩しすぎて困るのだが、その日は問題はない。
 竹中は暗いが部屋の中に閉じ籠もっているわけではない。働きには出ていないが、散歩に出ることは嫌いではない。散歩は気晴らし。だから少しは気持ちも明るくなる。歩いているだけで気が晴れるわけではないが、明るい気持ちになる。特に今日のような春の陽気が効くようで、良い気分になってきた。それでも気分が明るくなったわけではなく、暗さが緩和されただけで、相変わらず暗い部類のまま。
 いつも下を向き、地面ばかり見ながら歩いているのだが、今日は少しだけ視線が上がっているが、上を見るには至らない。路面数メートル先まで見える程度の上がり方だが、そこに妙な靴を見た。前方から来る人だが、左右の靴の色目が若干違う。違う靴だろう。光線の具合ではなく、さらに近付くと形が違うのが分かる。
 そして裾を引きずったようなズボン。長すぎるのだろう。折りたたんでいるのだが、それが外れている。さらにその上のベルトだが、ベルト通しに柄物の紐。しっかりと編んだ組紐ではなく、寝間着の紐に近い。または布製のテープ状のものだろうか。スーツ姿だが下と上とではほんの僅か色が違う。別々のものなのだ。ノーネクタイで、どう見てもチェックのネルシャツ。上の二つが外れているのだが、止めないのではなく、ボタンが取れているようだ。
 そして首の付けから伸びている無精髭。伸び放題ではなく、ある程度伸びたところで、ハサミで切っているのだろう。長さがバラバラ。
 髪の毛は縺れ、不規則な伸び方だが、これも適当に切っているのか、左の耳は隠れているが、右の耳は隠れていない。無茶苦茶な切り方だ。
 そして頭に何かを付けている。よく見るとゆっくりと動き、さっと飛んだ。普通のハエよりも大きい。蜂にしては太っており、黒い。
 竹中は見詰めすぎてすれ違うタイミングを逸し、そのホームレスとぶつかった。
「ああ、すすみません。つい考え事をしていたもので、気付きませんでした。ダダダ大丈夫ですか」
 男が喋っているのを聞きながらその目を見た。今まで人に目を見て話すことはなかったのだが、この男の目なら安心して見ることができた。
「いえ、こちらこそ、下を見ていたもので」
「ところで、カカカ怪人を見ませんでしたか」
 竹中に光が射した。
「あなたは」
「はい、素人探偵です」
 これが竹中と探偵便所バエとの出合いだったが、出合っただけで、その後、再会はない。
 竹中は闇の中で光を見たのだが、あまり良いものではなかったようだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:51| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする