2018年04月21日

3601話 矢倉塚


 草加は子供の頃から同じ町に住んでいるのだが、すぐ近所に矢倉塚がある。当然知っている。幼い頃から家中の会話でヤグラヅカが出てくるため地名として知っているし、そのヤグラヅカの子供とも同級生で、よく知っている。
 しかし大きくなるに従い、家の前の路地から表通りへ、町内からより大きな町へと視点は移り、矢倉塚のことなど忘れていた。ヤグラヅカの同級生とも学校が違えば縁も切れ、通りで合うことも希。
 社会人になってからは、ますますヤグラヅカのことなど忘れている。その近くに広陵という町があるのだが、これもヤグラヅカと同じレベル。そのレベルの町ならいくらでもある。しかし、ヤグラヅカは結構近い。それでもそちらへ行く機会など殆どないので、ヤグラヅカに用事はないし、意識しないといけないことでもないので、他の近所の町々と同じように、萎んでいった。
 ところが勤め先を辞め、ぶらぶらしているとき、お金もないことから町内を自転車でウロウロして時間を潰していた。
 そのとき、やっとヤグラヅカが出てきたのだ。漢字で書くと矢倉塚。しかし古墳などない。あればきっと櫓のように背が高かったのだろうか。
 それで暇なので矢倉塚町に入り込み、案内版などを見ると、昔の地名や地図もある。小さな集会所、自治会館だろうか。普通の家を改造したものだ。
 何かの当番の人だろうか、集会所前で草花の手入れをしている。
「古墳?」
「はい」
「古墳なんてないよ」
「それは分かっているのですが、昔あったとかは」
「さあ、私も引っ越してからしばらく立つが地の人間じゃないからね。まあ、殆どそうだけど」
「じゃ、なぜ矢倉塚って言うのでしょうねえ」
「さあ、図書館か博物館へ行けば、知っている人がいるでしょ。村史もあるしね」
 矢倉とは武器庫だ。塚は墓。しかし、両者ともない。
 草加は少し遠いが市営の博物館へ行くと古墳や遺跡などを示したマップがあったのでそれを見る。縄文時代の遺構とかもある。
 古墳を調べると六つほどあるが、どれも小さい。その中に矢倉塚古墳があるはずなのだが、ない。
 そして、展示品やパネルを見ていると、市や県などが指定している歴史的建物というのがあった。古い農家などだ。これはものすごい数がある。
 その中に矢倉家というのが見付かった。これだ。
 しかし、矢倉塚にはなく、もっと離れた町で、この当時は村だろう。そういう村が集まって市になったのだが、矢倉家の家屋が残っているのはかなり離れた町。町名は知っていたが、遠いので馴染みがない。
 矢倉塚のあるところは新田で、矢倉家が中心になって開墾したらしい。飛び地のようなものだ。この地図では矢倉塚は載っていない。
 しかし古墳ではなく、矢倉家の墓場だったようだ。個人の家の墓なのだ。そんな大きな家ならお寺に墓があるはずなのだが。
 だから矢倉塚と呼ばれる墓場があったことは分かった。新田開発の頃にできたのだろう。当時の絵や写真は当然ないが、盛り土の高さが尋常ではなく、まるで小山のようだったので、何処からでも見える。土地の人は矢倉さんの墓地だと知っているので、矢倉塚と呼んだらしい。しかし矢倉塚という地名が正式に出てくるのは最近のことで、宅地になってから人口が増えたため、村から独立したらしい。
 草加はそこまで調べたので、矢倉さんの墓があった場所を特定することができた。既に二つの家の敷地内にある。
 そして、それを知ったからといって、特に役には立たなかったが、暇潰しにはなった。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 12:01| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする