2018年05月06日

3616話 旅の小娘


 どう見ても百姓娘の一人旅。下崎信三郎は前を行くこの小娘が気になった。この時代、娘の一人旅は珍しくない。
 しかし、一人旅では困るだろうと思い、信三郎は追い越すとき、チラリと顔を見た。美人ではないが、可愛い顔付きで、しかもかなり若い。
 娘道中には付きものの同伴者。それに信三郎はかって出た。娘は慣れているのか、次の宿場までお願いした。
 本街道からの枝道の小さな街道。これは距離が短いが、その宿場町の先に大社がある。そのため神詣での人がこの街道を使う。旅籠もそこそこあるのだが、これも大社用。大社の先は山に入り、もう村はまばら。その先へ行く人は希だろう。
 しかしその宿場町、荒れており、乱暴者がのさばっている。最初は旅の無宿者が何人かいたのだが、いつの間にか増えて、一団となった。ちょっとした組織だが、他所者の集まり。
 宿場町に差し掛かった二人は、その程度では驚かない。相手にしなければいいのだ。何処の宿場にもそういった連中がいる。
 信三郎は武家姿。相方は粗末な百姓娘。この組み合わせが気に入らないのか、乱暴者が行く手を遮った。ちょっと冷やかそうと思った程度。
 しかし、信三郎は娘を守る気満々で、立ち向かってしまう。そっと横へ避ければよかったのだ。いくら無法者でも、旅人を宿場で襲うほどあくどくはない。それに旅籠の主人達が、それでは許さないだろう。だから本気ではなかった。
 信三郎は抜刀した。敵意丸出しのため、乱暴者達も受けて立つ気になる。彼らは脇差しを抜いた。その中に浪人者もおり、そちらは長刀。
 宿場の人達は、この侍が片付けてくれることを期待した。遠巻きで応援するつもりだ。
 四人ほどが一斉に切りかかったので、信三郎は堪らない。後退し、そのまま尻餅をついた。しかし、娘を守るため、這いながら娘の前に出て盾になった。
 四人は、また一斉に刀を振り回した。一人が軽く、刃先を振った。本気で切るつもりはないのだが、これは刃傷沙汰になる。
 信三郎は剣術の心得はあるが、四人がかりでは無理。太刀を団扇のように扇いでいるだけ。
「代わりましょうか」娘がそういうと同時に、信三郎の刀を取り上げ、無法者の中へ突っ込んだ。
 あとは一瞬の出来事で、無法者達はそれぞれ手傷を負ったのか、退散した。
 この娘、百姓姿だがさる藩の密使。ただの小娘ではなかった。
「最初に言ってよ」と信三郎はほっとしたとき、そうつぶやいた。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする