2018年05月18日

3628話 歌の家


 諸国を遍歴し、経験値をたっぷり蓄えた白ノ俊だが、それを活かす機会がない。しかし良く考えるとずっと遊覧船に乗っていたような旅。苦労などしていない。これは本家が金持ちのため。若い頃の苦労は買ってでもしろと当主に言われ、旅に出たのだが、路銀はたっぷり持って出た。銭で解決することは銭で解決した。殆どのことは銭で解決した。
 これは一応外遊をした坊っちゃんに近い。坊っちゃんのままだが色々なものを見聞し、世俗の知識も増えた。世間の事情にも詳しくなった。
 当主は早い目に隠居した。気楽に遊んで暮らしたかったのだろう。それと入れ替わるように白ノ俊が当主になった。
 しかし白ノ俊の家はもう形式だけのようなもので、実際には何もしなくてもいいのだ。当主の仕事はこの名家を守る程度で、普通の家長の役割と代わらない。だがまだ若い白ノ俊が逆に余計なことをすると叱られた。
 ただ、色々な席に出ることが多くなり、それが負担になったが、特に何かをするわけではない。座っているだけでいいような役だ。父親はこれが嫌で、早く引退したのだろう。そして旅に出ると言いだし、姿を消してしまった。
 この家は歌の家で、家業は歌。歌詠みだ。しかし歌手ではない。ただ、声が大事で、節回しも覚えないといけないが、そこは適当で良かった。ただ、そういう家は他にもあり、白ノ俊の家は序列から言えば末席。だから、なくてもいいような家だが、数が少ないと見栄えがしないので、頭数の一つとして続いている。
 本当は昔の人が詠んだ歌を全部そらんじなければいけない。丸暗記だ。さらにその解釈も必要。しかし白ノ俊も父親もその先代も、物覚えが悪いのか、見ないと詠めない。しかしそんな出番は滅多にない。あったとしても家人の誰かが代わってやってくれる。
 それでも歌の家に生まれ育ったので、いつの間にか耳で覚えた歌はかなりある。だから一般の人よりも多くの歌を知っていることになるが、先々代の時期から歌会もなくなり、そんな機会は実際にはない。あれば必死で覚えるだろう。
 しかし、大昔の家人が詠った歌の解釈がある。これは口伝。文字には残さない。これは業務秘密なのだ。それを受け継いでいるからこそ値打ちがある。
 白ノ俊は子供の頃から、子守歌代わりにそれを聞かされた。そのため、それは暗記したものではなく、自然に覚えた。歌の注釈のようなもので、いわば虎の巻。
 これが、白ノ俊が持っている最大の財産。しかし活かすところがない。旅に出て見聞を広げたときと同じ。
 白ノ俊の先祖に偉い人がいたのだろう。その人が独自な解釈をしている。この歌はこういうことを本当は詠んだものだというストーリー性のあるもので、個々の言葉についてはあまり触れていない。だから独自すぎて、評価は低い。歌の家のランクが低いのはそのためだ。
 この解釈というか解説、歌よりも、物語性があり具体性がある。白ノ俊がお伽噺でも聞くようにスーと覚えてしまったのは、そのためだろう。
 白ノ俊は後に作詞家になり、この国の風景を情緒豊かに歌い上げている。その一曲ぐらいは誰でも聞いた覚えのある童謡として、今も残っている。
 若い頃、色々なところに旅したことが、ここで活きたようだ。苦労のない呑気な旅だったが、風景だけは感慨深く眺めていたようだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:32| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする