一寸したことで人が動き、現実が動いてしまうことがある。
「どうですか、体調は」
「体調かね、そうだね。悪くはないが良くもない」
「じゃ、お元気ですね」
「元気はない」
「でも、ご無事で」
「達者なようでもそうではない」
「奥歯に物が挟まっていますか」
「奥歯はない」
「あ、はい」
「良くないのは、欲がないからじゃ」
「そうなんですか」
「欲があると、体調など気にせん。欲に目がくらんでな」
「そうなんですか」
「君は若いから色々と欲があるじゃろ」
「世間並み、人並みにある程度です。特に欲張りじゃありません」
「欲をかくのは良いことじゃ。わしなど欲が欠けてしまった」
「いえいえ、そうとは思えませんが」
「ほう」
「見れば分かります」
「もう目の黒さもなくなり、ねずみ色」
「目医者へ行かれましたか」
「行っておらん。別に困らん」
「はい。でも最近の動きは随分とお達者なようで」
「達者じゃない」
「分かっております」
「君に何が分かる」
「先生の動きは分かっております」
「ほう」
「最近、また仕掛けられましたね」
「ん」
「青山をそそのかしたのは先生じゃありませんか」
「さあ」
「青山の動きが妙なのです。これは一波乱起きます」
「そうなのか」
「青山を使い、何をされようとしておられるのですか」
「青山はこの前、来たが、雑談しただけ」
「いえ、騒乱の種を植え込まれた。どんなお話をされました」
「青山が来たことは覚えているが、雑談じゃ。つつじが咲けば次はあじさいだな、というような話かな」
「それです」
「たわいのない話じゃないか。季節の話なのに、問題でも」
「筑紫さんの次は紫陽さん」
「何じゃそれは」
「紫陽さんとは高峯さんのことでしょ。高峯さんの俳名が紫陽」
「こじつけじゃ」
「筑紫さんは会長です。そろそろ交代だと青山に伝えた。いや指示した。そのように動けと。青山はあなたの懐刀」
「君はどうかしている」
「その証拠に築紫さん周辺がおかしくなっています」
「あ、そう」
「築紫さんに不満があるのですね」
「そんなことはない」
「あなたを引退に追い込んだのは築紫さんですから」
「いや、おかげでのんびりできるようになった。礼を言いたいほどだよ」
「本当ですか」
「ああ本当だよ。そして欲はもうない。だから体調も良くない」
「しかし、青山が」
「青山が勘違いしたのじゃろ。つつじの次はあじさい。雑談じゃないか」
「もしそうなら、それを本気で受け止め、先生の命令だと思い、動き出しているわけですから、止めてください」
「あ、そう」
「このままでは高見さんが会長になってしまいます。それはまずいでしょ。先生も望んでいないはず」
「そうだね」
「分かって頂けましたか」
「分かるも何も、わしゃ、何もしておらんがな」
了
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