2018年06月26日

3667話 教堂


 村に教堂と呼ばれる建物がある。お堂の形をしていない。経堂はお経などを置いている場所だろう。それとは違う。お経もあるが普通の本もある。貴重な写本もある。
 村は農家と田んぼしかない場所ではなく、昔の村は結構いろいろなものがあった。その一つが教堂。お寺が一応管理しており、支所のようなもの。
 まあ、市役所の支所のようなものだろうが、その建物の二階がカルチャーセンターになっていることがあるように、教堂は宿泊施設もある。宿坊のようなもの。
 旅の坊さん、雲水などの定宿にもなっており、また教堂というぐらいなので、江戸時代の寺子屋の役目も果たしていたのだろう。管理している寺は山際にあり、階段がきつい。だから農家などのある村の中心部のほうが便利。街道も通っており、普通の旅籠もある。大きな街道ではないが、人通りもある。村といっても街道が通っているため、結構風通しがいい。そのため、村人以外の人も多く見かける。
 この教堂には学僧がいることもあれば、神主がいたり、行者や儒者なども出入りしている。神道でも道教でも、何でもありだ。耶蘇教が禁制ではなかった時代は、キリシタンも来ていた。耶蘇が運営すればそれは教堂ではなく教会となるだろう。
 そういう人達が一つ屋根の下にいると、宗教戦争でも起こしそうなものだが、あくまでも学識を磨くための場だったようだ。他流試合を楽しむ人も当然いた。
 しかし、いい時代はわずかで、あとは今でいえばユースホステスのようになり、妙な主が居座り、風通しが悪くなった。
 要するに宿坊でもあるので、無料なのだ。だから旅籠代を浮かすため、偽学者が多く来た。
 そして住職が何代か代わったあたりで、寺もしんどくなったのか、閉めてしまった。
 その建物に伊勢の遊郭が、ここに入った。その後、この街道筋の村は、そちらの方が有名になる。
 風俗だけに、風通しはよくなった。
 宿坊だった頃の部屋はそのまま使われ、高僧の筆による掛け軸とか、知的な雰囲気で、宿坊だっただけに質素だが、逆に趣があり、これで人気が出たようだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:33| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする