2018年06月30日

3671話 いる


 今は寂れた漁村だが、それも廃れ、釣り船などが出る程度の港。しかし、昔は外洋を乗り越えてやってきた船が出入りしていたらしい。その名残が少しだけ残っている。洋館だ。
 この港や背後の山や自然を愛した異国の商人が別荘として建てたもの。陸に上がったときだけ使っていたようだが、全盛期はここは日本支社として事務員が詰めていた。
 当然そんな古い建物はいくら頑丈でも朽ち果てていくのだが、それを譲り受けた人が結構補修し、今も古いながらも人が住める状態。
 もう海外からの船はこの港には来ないので、当然洋館もそれとは無関係。
 譲り受けた人は日本の商社の重役。異国の商社は西ヨーロッパの深いところにあった。その貿易商と日本の商社とが仲がよかったのだろう。それで譲り受けたようだ。
 偉いのはその後も、しっかりと保存していること。この商社の重役だった人は、その後、別の会社を興したのだが、その地の洋館は代々守り継がれていた。
 港から軽く坂を上ったところにある森に囲まれた場所で、まだ山の手前。そのため、高低差はあまりない。周囲には何もなく、深い繁みの中に洋館の尖った屋根だけが覗いている程度。
 その一階は昔のままなのか、応接室と言うよりも開放的なロビー。だだっ広い大広間のようなもので、昔は仕切りを置いて何人かの事務員が仕事をしていたのだろう。そのため、人が暮らす住居ではなく、オフィスのような建物だが、小さなホテルにも見えるし、また小さな城にも見える。
 これはきっと故郷を懐かしむための造りなのかもしれないが、譲り受けた日本人にとり、それは異国そのもの。しかも紳士淑女が集う舞踏会の会場のようにも見える。生活臭さがない。
「親父や爺さんやその先代達が何故ここを大事にするのか、そのわけがようやく分かってきました。文化的な意味合いではなく、出るのです」
 妖怪博士は洋館の長い長い話を聞いたあと、そうではないかと思った。でないと呼ばれないだろう。
「元の持ち主のお国柄でしょうか」
「そうだと思います。あれで有名ですから」
「しかし、あれは伝説で」
「分かっております博士。しかしそれに近い何かがいることは確かなのです」
 妖怪博士は神妙な顔で頷く。
「お決まりのように地下室がありましてね。さらに隠し部屋があります。そこは墓地。石造りの寝棺がありました。しかし石棺じゃなく、寝床だったのですね」
「今もありますか」
「よければお見せしますが、中には何も入っておりません。それに地下室そのものも何もありません。ちょっとした三台ぐらい入れる車庫程度の広さです」
「儀式用ではありませんかな」
「はい、特に怪しい事件が起こったとは聞いていません。ただ、先代の遺言で、大事に保存するように言われています。だから私も、この洋館を守るつもりなのですが、経費が結構掛かります。それにかなり広い土地でして、税金も結構掛かります。それで先代からの申し伝えに反しますが、経済的な理由で、手放したいと思うのです」
「それで、私を呼んだ理由は何でしょう。あれがいるかどうかですかな」
「そうです。もしいるのなら、手放せません」
「そうでしょうなあ、この洋館、あれを閉じ込めるために建てたのでしょう」
「はい、僕も今はそう思っています」
「それで、出たわけですね」
「いえ、出たかもしれないと思いまして」
「出たか出なかったかがまだはっきりしないと」
「それで、博士に調べていただきたいと」
「分かりました。調べましょう」
 妖怪博士は三日ほど、この洋館に滞在した。
 四日目、依頼者が来たので、「いる」と答えた。
 依頼者は、売ることを諦めた。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 10:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする