2018年07月01日

3672話 妖精が見える映画


「いい映画だから見ておいてください」
 と、言われ、DVDを受け取った高梨だが、コピーのようだ。サインペンで映画のタイトルが書かれているが、聞いたことがない。
 高梨は戻ってからネットで調べたが、該当するタイトルはない。近いのはあるが。
 もしかして本邦未公開の海外の映画かもしれない。
「見ておいてくれ」と言われ、見なかったです、では済まされないと思い、見ることにしたが、映画なのでそこそこの時間はあるだろう。それを見る時間を作らないといけない。
 高梨はライターだが、それほど忙しくはない。一日何もしていないこともある。そんなときに見ればいいし、また一日の中で二時間ほど時間を作るのは無理な話ではない。もっと時間を割けるほど。
 それで、見るだけ見てみようと思い、DVDをドライブに入れた。
 自動再生しない。こういったDVDや動画などを再生してまで見たことがない。見ることは見るがネットのもので、落としてまで見ていない。
 それでDVDの中を覗き、それらしいファイルをクリックすると、拡張子と関連付けられていたのか、たまに見るプレイヤーが起動した。以前はよく見ていたのだが、昔の話で、バージョンも新しくなり、勝手も違っていた。
 そして再生が始まったとき、下のバーを見た。全体の長さが分かる。結構長い。二時間を越えているだろう。大作ならそんなものだが、いきなり見知らぬ映画を見る気が起こらない。二時間ほど拘束される。
 しかし、触り程度なら見てもかまわない。
 それで、右を指している三角ボタンを押すと、再生が始まった。
 やはり外国映画だった。古い時代の話らしく、現代劇ではない。中世だろうか。日本映画で言えば時代劇。大袈裟な洋服を着ている。そして森や館。
 老人と孫娘が森を歩いている。妖精のようなものが現れる。
 ファンタジー映画だろう。
 そこまで見て、停止ボタンをクリック。
 見たいとは思わない映画。しかし字幕が付いている。劇場用の映画なのか、テレビドラマなのかは分からない。
 高梨はその続きを見なかったのは特別な意味はない。面倒なためだ。見たいと思う映画でも二時間近くそれで時間を取られるのがいや。といってそれを越えるような楽しいことをしているわけでも仕事をしているわけでもない。
 ひと月後、その人とまた合った。仕事の打ち合わせだ。
「ごらんになりました?」
 あのDVDのこと。
「はい」
「どうでした」
 見たことは見たが、触りだけ。
「いい映画でしたでしょ」
「そうですねえ」
「あの映画に出て来る妖精。あれは本物らしいですよ」
「え」
「当然作り物の人形を重ねたものですがね。それとは別のところに写っているんですよ。分かりました?」
「いえ」
「見える人には見えるらしいのです」
「そうですか」
「見えましたか?」
「いえ、見えませんでした」
 見えていないのではなく、見ていないのだから、見えるわけがない。
「そうですか、それで評判になった映画です。あなたもご存じだったはず」
「あ、はい」
 そんな評判は聞いたこともない。
「しかし、見えなかったのはよかったです」
「え」
「見える人もいるんです。結構多いのです。試しに、もう一度ごらんになってください」
「あ、はい」
 当然高梨は妖精は見えなかったというより、映画そのものを見なかった。
 それからひと月ほどして、またその人と合った。仕事の打ち合わせが終わったとき、また聞かれた。
「今度はどうでした」
「見えませんでした」
「そうですか」
「はい」
「それはよかった」
 どういう意味だろう。
「見える人だと問題だったので」
 この人は、何かを試したのだろう。
 しかし高梨は試すも何も、触りしか見ていないので、そう答えるしかない。
 その後、妖精の写っているその映画の話題は出なかった。
 その人との仕事関係はまだ続いている。見えなかったと言ったのが正解だったのかもしれないし、そんなことは関係のない話かもしれない。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:18| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする