2018年07月13日

3684話 流罪


「岩田さんはどうしているかな」
「岩田さん?」
「知らないのかい」
「はい」
「うちの幹部だ」
「聞いたことがありませんが」
「事情があってね、遠ざけていた」
「そうですか」
「様子を見てきてくれないかな、戻したいので」
「以前、何かあったのですね」
「もう。ほとぼりが冷めたはず。いつまでも遠ざけるわけにはいかん。重要な働きをした人だからね。恩人でもある」
「はい、分かりました」
 部下は居場所を聞き、迎えに行くことにした。しかし、聞いたことのない町で、結構遠い。
 新幹線で降りたまではよかったが、周囲は何もない。在来線の駅まで行くと、やっと町らしくなるが、古びたところだ。そこから支線に乗る。
 この終点の駅は城下町だったらしく、瓦屋根が多い。旅館と書かれた看板。大きな薬局もあるが、チェーン店ではないようだ。
 バス乗り場があり、そこからさらに山の中へ入っていく。城下町だったところなので、それほど辺鄙な場所ではなく、昔はここがこの地方の中心部だったに違いない。
 バスで終点まで行き、そこで降りると、ここはもう何十年か前の風景。建物はあまり変わっていないのかもしれない。もう町ではなく村。この辺りでは一番大きな村のようだが、市町村単位での村ではなく、農家が集まったただの集落。一応バスでここまでは辿り着けるが、岩田善三郎という人はさらにその奥に住んでおり、バスはない。
 山にかかり出すと、道路も狭くなり、対向車があれば困るだろう。
 やがて舗装された道路が林道になり、轍の隙間に草が生えている。
 その林道は山裾を縫うように続いているのだが、これは林業用だろう。
 ここからは地図を見ないと、場所が分からない。手書きの地図だ。
 林道から細い山道に入る。山を越える道のようで、越える手前を回り込んだところに窪みがあり、集落がある。少しだけ平らな場所で、藁葺き屋根が見える。結構大きな農家。そういうのが数軒あるが、既に屋根はむしり取られたようになり、傾いているものや、ぺしゃんとなっているのもある。
 部下はそれを見ながら、その集落へ降りていくと、野良仕事をしている人がいる。
「岩田さんのお宅はどちらでしょうか」
「ああ、私が岩田だ」
「初めまして、盛岡と申します」
「岩国の使いか」
「はい、そろそろ戻ってきて欲しいと」
「義理堅い奴だなあ、捨てれば良いものを」
「あ、はい」
「帰らないと伝えてくれ」
「あ、はい」
「ここでずっと暮らしていると、気に入ってしまった」
「でも会長が」
 そこへ若い娘が現れた。
「昼飯か」
「はい」
「客だ。酒の用意を頼む」
「はい」
 盛岡がまだ壊れていない農家に入ると、若い娘がもう一人いる。
「あのう、これはどういうことで」
「ああ、里から手伝いに来てくれるんだ」
「そ、そうなのですか」
 盛岡はちょっとだけ違和感を感じた。
 これはどうなっているのかと聞きたかったが、言い出すきっかけがない。
「岩国には元気で暮らしているから心配するなと伝えてくれ」
「あ、はい」
 若い娘が盛岡に酒をついだ。
「帰りは送らせる」
「え」
「だから、帰りは車で送らせる」
「でも道が」
「遠回りになるが、林道まで四駆なら入れる道があるんだ」
「じゃ、車で、ここまで来れるのですね」
「かなり遠回りだけどね」
「はい」
 部下の盛岡はその日には帰らず。三日ほど泊まったようだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:40| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする