2018年07月28日

3698話 飛び出した猛将


 大きな戦いがあり、その火蓋が切られた。戦場は中央部で始まったため、真っ向勝負となったが、まだ最前線でに数は少なく、全軍入り乱れての戦いではない。
「始まりましたなあ」
 左翼を任されていた武将は前方から騎馬武者が来るのを発見する。
「あれは」
「さあ」
 一騎武者。抜け駆けで突撃してくるかもしれない。手柄目当ての猪武者。
「それにしてはゆっくりです。しかも手勢も連れず」
 いくら猪武者でも供ぐらいは連れている。
 さらに近付いて来た。
「何者でしょう」
「猪武者にしては立派な大鎧。あれは一手の大将」
「それにしては単騎です」
「物見にしてはおかしいですなあ」
 左翼の侍大将は数騎引き連れ、謎の武者へ向かった。
 その武者、きょとんとしている。
「上田清十郎殿ではありませんか」
 敵の重臣だ。一手の大将を任されたり、主力部隊の指揮したこともある侍大将なので、敵も名と顔を知っていた。
「確かにわしは上田清十郎じゃが」
「どうかされましたか。戦闘は中央部ですぞ」
「分かっとる。だから敵の左翼を突くつもりで、ここまで来た」
「わしらに奇襲を掛けるつもりでか」
「そうじゃ。ところが」
「如何なされた」
「誰もついてこん」
「すると大将だけが飛び出したわけですな」
 上田清十郎が兵を率いてやってくるのなら中途半端な小勢ではない。ところが、後方に兵の姿はない。
「おかしい」
「戻られよ」
「そうじゃな」
 上田清十郎は実際の戦いでは、後方にいる。常に大軍の総指揮をとるため、首をなくすと総崩れになるので。
 猛将と言われているが、本人は痩せた小男。本人が強いわけではない。猛烈な攻めを得意とするだけ。
「出直すことにする」
「そうなされ」
「しかし、兵は何故ついてこんのじゃ」
「それは知りません」
「そうじゃな、後ろを見なんだのがいけなかったようじゃ。ついてくるものと思うていたのでな」
「こんなところに飛び出しておられると、討たれますぞ。はよう戻りなされ」
「おぬし、前田殿ではないか」
「おお、よくご存じで、わしのような武将の名をよく覚えておられましたなあ」
「いやいや」
「いずれ戦場でお目に掛かりましょう」
「ここも戦場なのじゃがなあ」
「しかし、指揮官一人ではお相手できません」
「そうか」
「それに単騎の大将をよってたかって討ち取ったとなると、これは手柄にもなりませぬ」
「ああ、なるほど。では、戻るとする」
「ご無事で」
「うむ」
 猛将上田清十郎はとぼとぼと戻っていった。
「何があったのでしょうなあ」
「さあ、あの大将、一人でさっと陣から飛び出すので、誰も気付かなかったのかもしれません」
 そのとき伝令が入った。
 中央部で小競り合いがあっただけで、引き上げることになったらしい。
 勝負がつきそうにないほど双方の力が近いためだ。両軍とも勝算が見えないので、引いたようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:53| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする