2018年08月06日

3707話 スリッパ虫


 古田は暑いので気がおかしくなったのか、トイレのスリッパが動いている。巨大なゾウリムシのように。そんな大きな虫などあり得ない。
 トイレのドアを開け、スリッパを履こうと、足を突っ込むとき、動き出した。しかもゆっくりと。左側のスリッパで、右側は動いていない。
 スリッパはやや揺れながら動いている。スリッパそのものがスーと移動しているのではなく、足で歩いているように。
 下にゴキブリでもいて、団体で担いでいるわけではないが、足らしいものが見える。しかもムカデのように多い。数え切れないほどの足。
 暑くて、気がおかしくなったわけではなく、そんなことを思ってしまったのだろう。実際にそんなスリッパほどの大きさの虫が歩いていれば仰天し、暑さどころではなくなるかもしれない。
 そして両方のスリッパを履く。当然スリッパはスリッパ。虫ではない。
 しかし古田は何故一方のスリッパだけが虫に見えたのかを考えてみた。靴やスリッパを古田は左足から履く、そのため最初に目がいくのは左側だが、このスリッパに左右はない。脱ぎ方によって左右が決まるようなものだが、脱いだとき、揃えないでトイレから出る。
 片方はバケモノだったが、もう一方は見ていない。しかし、こちらも足が生えていたはず。しかし、動いていなかった。足はあるがじっとしていたのかもしれない。または、出たのは一匹だけか。
 トイレのドアを開け、履こうとしたとき動き出したのは、逃げようとしたのかもしれない。これはゴキブリのようなもので、人が来たので逃げたのだろうか。当然逃げない虫もいる。逃げたとすれば、もう一方のスリッパも逃げたはず。じっとしていたのだから、これはやはりただのスリッパと見るべきだろう。
 古田は気になったので、もう一度トイレへ行った。確認するためだ。
 今度は足音を立てないで忍び足でドアまで近付き、そして一気に開けた。
 先ほど、どんな状態で脱いだのかは忘れたが、スリッパは動いていない。これから逃げるところだろうか。最初見たときは歩みが遅かった。あれほどの足がありながら遅い。足の数よりも、歩幅が狭いので、そんなものかもしれない。そしてスリッパをじっと見ていたが、動く出す気配はない。
 そこで、そっと左足をスリッパに近付けた。これで逃げるかもしれないと思ったのだが、動かない。まあ、動けば大変なことになるが。
 試しに両方のスリッパを履いてみた。そしてそのまま立っていた。すると、じわっと動き出したので古田はバランスを崩した。ローラースケートだ。それよりも古田の体重でスリッパ虫の足がボキボキ折れたかもしれない。それでも歩き出すのだから凄い力だ。
 慌ててスリッパを脱ぐのではなく、スリッパから古田は降りた。そして手で掴んで裏側を見た。すると数え切れないほどの突飛。一本一本は人間の足に似ている。こんなもの、虫ではない。妖怪ではないか。
 古田はそこまで想像したのだが、我ながら気味悪くなり、もうスリッパ虫のことから離れようとした。
 暑いので、まともなことを考えるより、こういった妄想に走りやすいのだろう。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:46| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする