2018年08月09日

3710話 古川橋の怪


 境内が広いのか、近道として近くの住民が通り抜けることが多い。門はあるのだが、夜中でも開いている。住職夫婦と老僧がいる。寺男と言われている下男もいるのだが、これは通い。賄いも通いの町の女房。それでは物騒なので、侍を雇っている。所謂寺侍。もっと昔なら僧兵が警備をすればいいのだが、弁慶が活躍していたような時代ではない。
「古川橋に妖怪が出ると聞いておるのじゃが、行って見てきてくれんかな」
「それはよろしいのですが、留守にしますと、寺が」
「盗人がたまに入り込む程度。取られても大したものはない」
「しかし、御本尊が」
「あれは簡単には外れん。それにそんな真似をするやつなどおらんしな」
「はい、でも誰か手伝いを呼んでは」
「この夜中じゃ、それは悪い」
「はい、では行って参ります」
 寺侍西沢久内は大小を差し、城下外れの古川橋へ向かった。城郭の構造から言えば、ここは裏手にあたり、山と接しているが、街道が走っている。もし敵が攻めてくれば、真っ先にこの古川橋を外す段取りになっているが、それはうんと昔の話。攻めてくるような敵などもういない。
 檀家の中にうるさい年寄りがおり、古川橋の妖怪も、この年寄りが言いだしたこと。そのようなものが出るわけがないとは思うものの、調べもしないとなると大旦那だけに、あとがうるさい。
 住職はその父親の老僧にも相談したが、古川橋に妖怪が出るなど聞いたことがないらしく、出るとすれば、もっと上流の鼓が滝近くの川の淵らしい。そちらは蛇のような妖怪が出たという噂が立った程度だが。
 その古川橋に到着した西沢久内。その橋の袂で待っていると、向こう岸から早速人影。こんなに早く遭遇するとは思えないが、暗いのでよく分からない。月明かりで何となく見えるのだが、提灯を使わないのが怪しい。そういう西沢も提灯なしだ。妖怪に気付かれないよう折りたたんで懐の中にしまってある。
 西沢は肝の据わった武士で、その上、腕も立つ。
 近付いて来る人影とは橋の真ん中あたりで睨み合いになる。
 それで分かったのだが、相手も侍らしいが、身なりは良くない。月代も剃っていない。
「妖怪ではあるまいなあ」
「そこもとこそ」
「違う」
「わしも違う」
 二人とも、様子を見に来たようだ。
 西沢久内は住職から頼まれたことを告げると、相手も川上にある山寺から来たという。二人とも寺侍らしい。
 事情を聞くと、似たような流れ。
 そこへもう一つの人影、こちらは顔見知りの岡っ引き。三人とも顔は知っている。この岡っ引きも頼まれてきたらしい。二足のわらじ、やくざの親分だが人懐っこい親父だ。
 そこへ今度は馬に乗り、槍を突き立てた町道場の師範代が来た。城下一の荒武者と評判。
 いずれも強者揃い。
 さらに今度は城方から松明をかざした藩士が数騎やってきた。化け物退治に来るのだから血気盛んな若侍ばかり。
 藩士達も同じような流れで来たらしい。
 これだけの数が揃えば、妖怪など簡単に退治できるだろう。
「おのおの方、妖怪は噂に過ぎませぬ。どうもいないようです」全員沈黙しているので、西沢久内が口を切った。
「そのようですねえ」と、岡っ引きが藩士達に同意を求める。
「そうだなあ」と藩士達も頷く。
 山寺から降りてきた寺侍も、そうだそうだと同意。
「こんなところで、猛者が集まっておるのも何なので、引き上げましょう」西沢久内はまとめに入った。誰も異存はない。
 そして全員引き上げた。
 静かになった古川橋。月が雲間に隠れた瞬間、すっと橋の袂に何かが姿を現した。
 この妖怪、月が隠れると出るようだ。
 
   了
 
posted by 川崎ゆきお at 09:59| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする