2018年08月11日

3712話 並木坂


 並木坂というありふれた名の坂だが、意外となかったりする。ありそうでない。名はありふれているのだが、そう呼ぶ人がいなかったりする。
 この並木坂の並木はイチョウで盆栽のように刈られている。これが広々とした寺社などの敷地内にあれば、大木になっていただろう。枝葉が拡がっても邪魔するものがない。ところが町の道路ではそうはいかない。電線にかかったりするため、切り取られる。幹だけは太くなるのだが、電柱が並んでいる程度のボリュームしかなかったりする。
 この並木坂、勾配もきつく、しかも道幅も狭い。坂の下は下町で、上は高級住宅地になる。しかし、怪しげな屋敷が多い。アイデアがありすぎる建築家が設計したのか、気味の悪い形や、奇抜な造りの家も多い。元々ここには家は建っていなかった。雑木林が山懐まで続き、畑がポツンポツンとある程度で、殺風景な場所。寺も神社もない。場所的にはあってもよさそうなものだが。
 並木ができたのは戦後のことで、それまでは未舗装の坂道。当然坂の名はなかった。その坂を上り下りする人も希で、畑はあるものの、結構荒れていた。町から近い山に掛かる丘陵地だが、人家はまばら。いずれも百姓家だが、これは原住民のような地元の人。畑と山仕事で暮らしていたのだろう。江戸時代は小さな藩の領地で、ここは狩り場だったようだ。だから領主の遊び場。庭のようなもの。
 並木坂は町から最短距離で行ける道。殆ど上には用はないので、町から出ている道はそれだけ。
 並木坂と呼ばれるようになったのは、別荘などが建ち始めた頃から。今は車道が何本も町から丘へと出ているので、この狭い並木道の用は終えたようなもの。ただ、別荘時代、その入り口である坂が殺風景なので、イチョウを植えたのだろう。それが今も残っている。
 季節になると、このイチョウが真っ黄色になり、下町からの眺めが綺麗だ。
 その並木坂のイチョウ。丸坊主に近い状態なのだが、幹は立派。
 それだけの話だ。
 
   了
posted by 川崎ゆきお at 10:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする