2018年09月06日

3738話 幽霊の掛け軸


 一日留守にしていただけなのだが、家に入ってみると、何か様子が違う。こんな家だったのかと思うほどだが、何がどう変わっているのかは分からない。壁を見るとシミがある。最初からあったのかもしれない。気付かなかっただけ。
 引っ越してからもう二年になる二階建ての借家。駅から遠いが安い。いずれ取り壊されるはずだが、そのときはそのとき。ずっとここで住むわけではない。
 前の人が付けたシミかもしれない。柱にも傷があり、これは分かりやすい。子供の背を刻んでいたのだろう。三本ほど横に付いている。高さから見て小学生以下。次の傷がないので、引っ越したのだろう。高島の前の人かもしれないし、その前。さらにその前の家族かもしれない。
 二間と台所と風呂などが一階にあり、二階は二間ある。高島一人が住むには広すぎるが、使っていない部屋とかがあると、狭苦しくなくていい。無駄な空間にも意味がある。
 最初の頃は二階で寝ていたのだが、階段の上り下りが面倒なので、一階の奥に変えた。そして今は二階は何もない。そのため、階段を上がることは希。台風のとき、雨戸を閉めに上がる程度。普段は硝子窓とカーテンだけ。
 何かいたのではないのかと思うと、いるように見えてくるが、目で見えるものではない。本当に見えたら気絶するかもしれないだろう。特に見知らぬ人がそこにいるとかでは。
 だが、見知らぬ虫が這っていても、何とも思わないはず。虫の種類は多い。
 高島は今までも家を空けたことは何度もあるのだが、今回のようなことは初めて。だが、何も起こっていない。気がするという程度。
 何かいたような。
 高島の友人にお寺の息子がおり、そこへ泊まりがけで遊びに行った。御本尊などを置くための須弥壇というのがあり、その中を見せてもらった。友人は隠れん坊でよくその中へ入ったらしい。
 また御本尊の裏側も見せてもらった。狭い隙間があり、裏拝みの場らしい。そんな行事があるわけではなく、その友人が勝手に付けた言い方。
 本堂はすっきりとしているが、その横に寺の雰囲気を崩さない建て方の住居がある。一見して寺の一部に見えるが、庫裏と言われているところ。
 書庫や物置があり、ちょっとした事務所で所謂社務所だが、それがあるだけ。友人の家族はその横の家に住んでいる。こちらは今風だ。
 その夜、友人の提案で庫裏で寝ることにした。これは高島も望んでいたこと。実際には寺に住んでいないのだから、寺で泊まったことにはならない。流石に本堂に蒲団を持ち込むのは親の目があるので、無理だったようだ。
 庫裏内部の密度の高さは、奉納品のためだろうか。または捨て場所に困ったものが持ち込まれているようで、古道具屋にでも来たような感じだ。
 友人が見せてくれたのは幽霊の掛け軸で、これは有名だが、無名の画家が画いたもので、幽霊というよりもお化けだ。しかも紙が破れたり、汚れたりして、その効果で怖い。友人は子供の頃、これが一番怖かったと言っていた。
 いつ誰が持ち込んだのかは、もう分からないらしいが、鑑定してもらったことがあり、大正時代のものらしい。だから値打ちはない。絵は大したことはなくても古ければ価値があったかもしれない。
 高島はその幽霊の掛け軸を見てもそれほど怖いとは思わなかったのは横に友人がいたためだろう。この友人の顔の方が怖ったりする。
 高島が戻ってから、何かいると思ったとき、最初に思い付いたのが、あの幽霊。
 しかし、そんなものが付いてきたとは思えないのだが、合理的判断を超えたところにアクセスしたのだろう。
 そして、疲れたのか、すぐに横になった。昨夜は友人との長話で、寝たのは明け方だった。
 しかし、寝付けない。
 何処でそんなことを思い付いたのか、高島にも分からないが、二階への階段を上っている。二階の二間のどちらかに、あの掛け軸が……。
 何故そんな発想になるのかは分からない。だから、引っ張られているのだ。
 そして階段を上がり、廊下に出て、さっと襖を開け、電気を点けるが、そんなものがあるわけがない。
 さらに廊下に戻り、もう一部屋の襖を開ける。外からの灯りで壁にそんなものが掛かっていれば何となく分かるのだが、一応電気を点ける。
 この部屋だけは床の間がある。掛け軸があるとすれば、ここだろう。しかし、何もない。
 あるわけがないと分かっていても、確認したくなったようだ。
 高島はそれで安堵したのかどうかは分からないが、もう気にしないで寝ることができた。
 朝、起きると、幽霊のことなど頭になく、今日の仕事のことがまず頭を走った。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:41| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする