2018年09月30日

3762話 馬子にも衣装


「僕は着るものに凝っていましてねえ。まあ、凝り固まるほどのものでではないのですが、不本意な服装はしません。たとえばジャージとかで外には出ません」
「じゃ、紳士服を着て」
「それは広すぎる分け方です。婦人物ではないという意味での紳士物でしょ」
「じゃ、どのような服装がよろしいのですか」
「見れば分かるでしょ」
「きっちりとした身なりですねえ」
「もう年ですから、昔ほどではありませんが」
「どう見ても貧乏人には見えない」
「それが狙いです」
「散髪もよく行かれているようです」
「薄くなりましたが、まだ大丈夫」
「その靴は」
「これはカジュアルものですが、アウトドアもいけます。ただしスポーツシューズのように線は入っていません。当然シティーでも似合う」
「はい、お見事です」
「しかしですねえ」
「何か」
「僕と似たような年寄りを見ました」
「あなたのような服装の人なら、いくらでもいるでしょ」
「そうですね。ちょっと身ぎれいで身なりのいい外出着」
「そうですね。あまり若々しいヤング向けじゃないところがいいですねえ。年にふさわしく、落ち着いていて上品」
「ところがです。私と似たような人を見たとき、ぞっとしました」
「あなたと同じ服装」
「そうです」
「じゃ、何故ぞっと」
「私もそう見られているのかと思うと」
「ほう」
「その人は僕よりも年が上のようです」
「はい」
「何か哀れを誘ったのです」
「哀れ」
「はい、可哀想なほど」
「どうしてですか、しっかりとした身なりの人でしょ」
「かえってそれがいけないのでしょうねえ」
「はあ。でも年代にふさわしい服装なのでしょ」
「僕のよりも高そうですし」
「じゃ、羨ましく思うのでは」
「そうではないのです。一分の隙もありません。靴下の色もいい。洗濯で乾いた物をとりあえず履くというのじゃない。ズボンや上着、帽子との関係を考えておられる」
「いくつになってもオシャレで、いいじゃないですか」
「それが、哀れを感じたのです」
「私はその年代ではないので、よく分かりませんが、かっこいいお爺さんでしょ」
「それが悲しいのですよ」
「では、どのような服装がいいのですか」
「もっといい加減な服装の方がいいです。バーゲンで適当に買ったものとか、寒いので、適当なものを引っかけているとか」
「じゃ、その辺でよく見かける服装でしょ」
「そちらにします」
「よく分かりませんが」
「その老人の後ろ姿を見たとき、哀れを感じたのです」
「その感覚、よく分かりません」
「あまり服装に拘らない方がいい。今の僕のようにね。何か虚しいものを感じましたよ」
「もっと分かりやすいたとえはありませんか」
「猿に服を着せたように見えました」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:45| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする