2018年10月03日

3765話 臭い下げ


 雨の降る肌寒い秋の頃、上田はいつものように郊外にある商業施設へコーヒーを飲みに行った。流石に雨なのか、客は少ない。常連客が多いのだが、ガタンと減る。そのため来ている客は精鋭部隊。ただし、クルマで来ている人は別だろうが、それでも雨の日は控えたりする。
 四人掛けのテーブルが塞がれている。客が少ないのだが、それらの客が真っ先に座っているのだ。その他のテーブルの方が多いのだが、二人掛けにセットされている。複数で来ればくっつければいいのだが、上田はいつも一人なので、そうはいかない。満席に近いときでも四人掛けが空いていることがある。これは運がいいのだろう。さっきまで座っている人がいたのかもしれない。
 それで上田は隅っこのテーブルに着くが、そこが寒い。隅と言うより端。天井を見ると真正面に送風口。冷房は切っているが送風がきつい。これで寒い。
 端だが中央部、だからまともに天井から風が吹き下ろしてくるのだろう。
 上田が座って、しばらくすると端の隅。つまり角っこに座っている老人が立った。何をするのかと思うと、席を変えるよう。やはり寒いのだろう。その角はましな方だと思うのだが。他に考えられない。テーブルも椅子も動かせるが、もう一つの隅、こちらは壁が硝子窓で、外が見える。そしてその両端までソファー。ということは、この老人、寒いのではなく、クッションを求めての移動だったようだ。しかし、常連客ではない。もしそうなら、最初からクッションのいいソファーへ行くだろう。
 これで上田は納得した。
 しかし、またしばらくして、老人が立ち上がった。折角良い場所に座り直したのに、もう出るのかと思った。
 ところがテーブルには飲み物や本などがそのまま置かれている。持ち出したのは鞄だけ。ということはトイレに立ったのだろう。店内にはトイレはない。出て少し歩いた先にある。
 そして、しばらく経過したが、老人は戻ってこない。飲み物を乗せたトレイは出るときセルフなので、自分で運ばなければいけない。それを知らないまま出た可能性がある。トイレではなく。
 そして持ち物として残っているのは本。文庫本だが、読みかけだと捨てもいいわけがない。ではやはりトイレか。
 しかし、そのまま出てしまったのかもしれない。本を忘れて。
 探偵は全員を集めた。これから犯人を言い当てると宣言して。
 上田も本を読んでおり、いいところなので、そこに集中し、老人のことなど忘れていた。
 あなたが見たというのは、この人ではなく、実は高島さんだったのです。
 こういうのを読んでいると、時を忘れる。
 動機がやっと分かりました。二十年前まで遡りますねえ、あのとき村を追われた子供は、あなたでしょ。
 これで犯人が確定したので、一息つき、あの老人のテーブルを見た。
 そのままだ。やはり帰ったのか。しかしトイレだとすると戻って来れないようなことがあった可能性がある。
 今頃トイレで、まだ。
 上田は半ば気になるものの半ばどうでもいいことだとは思いながら、喫茶店を出て、そのトイレへ行った。
 狭い通路をじぐざぐに進むと、手洗いと鏡が見える。そこに立つと全体が見える。左側は小、右側は大。大の扉は三つ。全部閉じている。使用中だ。
 そして物音。真ん中のドアが開き、あの老人が姿を現した。凄い偶然だ。
 便秘だったのかもしれない。
 便所に持ち込む臭い下げだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:45| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする