2018年10月05日

3767話 ワンコイン探偵


 今回の探偵談は何度かあったことらしい。さるお屋敷の主人が密かに探偵を呼び出した。どういう事件なのかは未だに分からない。こういう話は、この探偵の場合よくある。
 屋敷の規模は大きく、当然敷地も広く、門から母屋までの距離だけでも相当ある。雨の日など我が家に帰りながら、まだ傘を差して玄関まで歩かないといけないほど。ただし、駐車場は門の中にあるので、濡れることはないが。
 その門は詰め所が付属している。工場の入り口に警備室があるようもの。
 さて、ここで何があったのかは、知らされないまま探偵は門を叩いた。
 横の勝手口から出てきた警備員が追い出そうとした。場違いな客で、従って客ではないと思ったのだろう。しかし、屋敷の執事のような人、この人は番頭さんだが邪険に扱うでないと言って門を通した。
 警備員の詰め所とは違い、ちょっとした建物がある。住居というより、事務所のようなもの。この建物も相当古く、寺社で言えば社務所に当たるのだろうか。
 警備員が追い出そうとしたのは探偵の服装が悪すぎた。また人相もいやしく、髪の毛も乱れており、妙な塊さえできている。髭は剃られているが、ところどころ剃り残しがあり、しかも下駄を履いている。さらにスーツ姿だが上下の色や生地が違うしサイズも合っていないし、ベルトではなく、寝間着の紐のようなものを通している。
 探偵の名は通称便所バエ。名探偵明智小五郎と文通した伯父を持っている。その遠縁は乃木大将と将棋をさして勝ったらしい。
 番頭は良い人だが探偵は見るからに見たままの人。
 屋敷の主人が密かに呼んだため、家人には言っていないのだ。
 番頭は慣れたもので、さっとポケットから五百円玉を投げた。非常に丁寧な投げ方だ。
 便所バエは反射的にもの凄いスピードでそれを拾い、「有り難うございました。旦那様」と言って、勝手口から出ていった。
 屋敷から少し歩いたところで「違う」と探偵は気付いたが、もう遅い。今度入ると、また五百円玉をもらうために戻ったと思われるのが嫌で、そのまま二度と屋敷には近付かなかった。
 そのため、この屋敷で何が起こったのかは分からないまま。
 こういう探偵談、これはこの探偵にはよくあることらしいが、探偵談とは言えないだろう。その手前で終わるのだから。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:51| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする