2018年10月21日

3783話 二者択一


 二択。候補などが二つある場合だ。二社でもいいし、二者でもいい。二股の道の場合もそうだ。これは絶対に二つしかないのでどちらかを選ぶしかない。
 複数のものから選ぶときは二択ではない。五択も十択もあるだろう。しかし、数が多いと、選択も困難になる。
 二股のように選択肢が他にない場合は別として、他にもあるが、良さそうなのは一つ。しかし、これを選んでいいものかどうかと、少し考えることがある。それに近いものを探し、それを参考にする。意外とそれが思っていたものよりよかった場合、最初に決めていたものが覆ってしまう。
 選択肢は複数。しかし絞り込めば二つになる場合、あとは決勝戦だ。吟味に吟味を重ねるが、一方より優れている面、劣っている面があり、どれを優先するのかで決まるのだが、一方の欠点は片一方になかったり、一方の長所は、片一方の長所にはなっていなかったりと、一方を取れば片一方が惜しまれる。その逆もある。
 こういうとき、最初の印象が大事なのだが、その印象が崩れ出したりする。
 それで迷いに迷うわけで、どちらにも決定打が無い。一押しがない。だから決められない。
 そんなとき、見落としていた第三のものを見付けたとき、それは新鮮だ。実は三択だったのかもしれないと思い出す。そして先の二つは手垢が付くほど調べすぎている。その状態で、この二つとも飽きてしまったようなもの。
 第三勢力。第三の波。第三の選択。これはまだ慣れていないので新鮮。そして、先ほどの二択に疲れたので、すっとその第三の波にさらわれてしまう。これは確信犯で、さらわれた方が楽なため。
 選択が苦痛になると、そこから解放されたくなる。それだけのことかもしれない。
 この第三の波は第三者ではないが、距離感がいい。それで、先の二つのバトルのようなことはしないで、詮索しすぎ、弄りすぎて汚くなる前に選んでしまう。
 結局、その三つとも、実際には似たようなもので、どれを選んでも大差はなかったりする。もの凄く強い絶対的なものが三者ともないのだろう。
 社会で起こっているような構図は、個人の中でも起こっている。だからこそ、理解できる。中身は違うが、構造は同じだったりする。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする