2018年10月23日

3785話 

里帰り
 引っ越して間もない佐々木は、その町をあまり知らない。しかし毎日のように散歩に出ているので、長く住んでいる人よりも詳しいかもしれない。近所の人も外から来た人で、地元の人ではない。そしてあまり見かけないので、近所をうろつく用事などないのだろう。たまに歩いている人もいるが、これも決まったコース。健康目的の年寄りが多いが、これも外から来た人。古老ではない。
 昔からの人がいる一帯がある。そこは古い家がまだ残っていたり、道も昔風で狭い。そして樹木も多いので、散歩にはもってこい。新建材ではなく、本物の木目のある板塀や、塗り壁。剥がれているところから藁が見え、竹組みが見えたりする。
 ある日、いつもの辻を回ったとき、あるべきものがない。ないのだから目立たない。消えたので目に入らないので、目立つも何もない。しかし、毎日通っていると印象が違うことで分かる。何かが抜けている。そして妙な空間がある。
 そこは祠のある場所。小さな祠。大きい目の箱のようなもの。それがなくなっており、土台だけが残っている。妙な印象は、そのためだ。
 これはすぐに分かった。祠のあった場所は少しだけ盛り土され、周囲は樹木、神社の隅にある祠ではなく、神社はもう少し離れている。だから誰かの庭かもしれない。
 取り壊し。それなら祠だけがなくなっているのはおかしい。周囲の樹木も抜いてしまうだろう。
 だから見た感じ、祠だけ、上物だけが消えたようなもの。
 まあ、どうなってしまったのかは佐々木には関係がないので、ちらっとそれを見ただけで通り過ぎた。次は神社へ向かう。これが散歩コースだ。
 すると前方に幟が見え、それが動いている。人が持っているのだ。数人だが揃いの緑色の派手な法被。さらに近付くと、祠だ。最初はお神輿かと思ったのはごちゃごちゃと飾られているため。しかしよく見ると本体はあの祠だ。それを担いでいる。
 ずっと住んでいる人なら驚かないだろうが、佐々木はそれを見るのは初めて。去年の今頃もやっていたのかもしれないが、散歩に出ない日もある。
 ということは祠と思っていたのは、お神輿だったのか。つまり、あそこはお神輿の置き場所。いや、そんなことはない。それなら屋根のある倉庫か何かに入れているだろう。箱のままでも棺桶のように運べそうだが、担いだり押したり引っ張ったりするには神輿を乗せる構造物がいるだろう。
 さらに近付くと、やはりあの祠だ。この祠、屋根は銅板を張り合わせたものなので、動かしても瓦のように落ちることがない。
 その祠、中は鏡しか入っていなかった。高山神社と書かれていたのを覚えている。何の神様かは分からない。
 それよりも、土台から抜いて、担いでいるのだ。担げるように、長い車輪のない大八車のようなものをその場で取り付けたのかもしれない。そして飾りも。これで山車らしくなる。
 そしてそのややこしいお神輿は神社へ向かっている。
 後で村史を調べると、高山神社は村の神社へ年に一度里帰りするとか。その行事なのだ。
 最初は村の神社に祭られていたのだが、仲が悪いらしく、同居できないので別居したとか。しかし繋がりの深い神同士なので、年に一度は義理で顔を出すとか。
 だからお神輿に見えていたが、そうではなく、祠を運んでいたのだ。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:40| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする