2018年10月31日

3792話 壇空と護菩天


 壇空という山伏か祈祷師か修験者か行者か何かよく分からない術者がいる。一見したところ修験者、背中に箱のようなものを背負っている。この箱だけでも重いだろうが、意外と軽い。桐のためだろう。漆塗りで、濡れても何とかなる。ペンキを塗っているようなもの。
 元は僧侶。小さな寺の息子だが、親子揃って人徳がない。そのためか、檀家が減り続け、いなくなった。それで寺を捨て、山野に入った。昔は里で都合が悪くなると、山に逃げ込んだりしたらしい。
 檀家がいないので名を壇空と改め、山伏世界に入った。修験者がウロウロしている山があり、そのあたりに紛れ込めば何とかなった。
 それで修行すること十年。しかし、術は使えない。まあ、修行すれば呪術などが使える超能力者になれるわけではないが。
 仲間内に天狗のような顔をした年寄りがいる。ピノキオのように鼻が長い。その年寄りも嘘をつきたおして長くなったのかもしれない。これは謙虚さを忘れて天狗になるのとは違い、嘘をつきすぎたため。
 本人は護菩天と名乗っている。おでんなどに入っているゴボ天ではない。壇空はこの護菩天と知り合い、いろいろ術を教わる。いずれもインチキ臭いもので、ただのまやかし。
 ある日、この師匠と壇空は里に下り、居酒屋で酒を飲んでいた。
 里のものが、この二人の風貌を見て、駆けつけた。助けて欲しいと。
 居酒屋のある場所は里では目抜き通り、一番人が多い場所。だからこれは目立つ場所に敢えているわけだ。ここは護菩天の悪知恵。早速引っかかってきた。
 悪いものが家の中にいるようで、それを退治してくれとの依頼。家鳴りが激しく、物が動いたりする。亡者が棲み着いているらしい。
 里の僧侶に頼んだが、念仏では効かないので、祈祷ができる人に頼めと言われたらしい。
 しかも、今ここに二人もいる。
 護菩天はあらかじめ怪異を仕込んでから追い祓うのを常習としていたが、今回はタネも仕掛けもない。
 どうするか、と護菩天は壇空に聞いた。つまりやめた方がいいわけだが、壇空はやる気があるらしい。まだそんなことは初めてなので、やってみたいのだろう。その手順はしっかりと弟子に教えているのだが、そんなものが効くわけがない。
「やりましょう。師匠」
 依頼者の前で、そう言ってしまったのだから、もう引けない。
 護菩天はそのときから言い逃れや、逃げ方を考え出した。
 その家は里でも大きな家の別宅。少し淋しいところに建っているので、妾でも囲っていたのだろう。今ではお化け屋敷。
 護菩天も壇空も霊は見えないし、霊も感じないタイプ。つまり霊感者でも霊能者でもない。元々修験とは自分のためにやることなので、祈祷などはおまけのようなもの。
 そして別宅の門を区切り、玄関戸を開いたとき、護菩天が叫び声を上げた。つられて壇空も大声を上げてしまう。壇空は師匠の声に驚いての大声。
「こりゃいかん。ウジャウジャ。ウジャウジャおりまする。わしら二人では何ともならん」
 これが護菩天が考えた逃げ口上。これはマニュアル化されており、逃げ方の一つ。
「私が確かめて参ります」
「余計なことを」と師匠は小声でたしなめるが、壇空は師匠から習った術を使いたくて仕方がない。
 そして屋敷内を練り歩き、瓢箪に入っている水。これは聖水のようなものだが、それを口に含み、アイロン掛けでもするかのように霧のように吹いた。この霧吹きはかなり練習したので、上手いものだ。
 そして、金剛杖の先に縄を取り付ける。縄には紙が何枚も垂れ下がっている。チリハライのようなもので、憑き物祓いの道具。
 さらに杖には鈴が仕込まれており、祓うときに鳴る。口から霧を吹きながら、屋敷内を駆け回った。
 体力の続く限り、動き回り、汗だくになり、その場で倒れた。
「大丈夫か弟子よ」
「少し張り切りすぎたようでございます」
「無理はするな」
「はい」
「さあ、もう終わった。帰ろう帰ろう」
 二人は宿屋に戻った。
 二日ほどして、依頼者が宿屋まで訪ねてきた。
「これはお礼でございます」
 依頼者が来たとき、逃げようとしていたのだが、意外な言葉。
「毎日家鳴りがし、怪しいことが起こるのに、あれから二日ほどピタリとやみました。これはほんのお礼です」
「そうですか」壇空は喜んだ。
「そんなはずはなかろう」と師匠の護菩天は呟いた。
 宿代も危なかったのだが、これで助かった。
 壇空の熱演に驚き、鎮まったのかもしれない。
「世の中には不思議なことがあるものじゃ」と、護菩天は渋い声で締め括った。
 
   了
 
posted by 川崎ゆきお at 11:30| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする