2018年11月15日

3807話 居場所


 金沢は長い下積み時代を経て、最後は地方の支店長になり、そして定年直前に本社で部長となった。この温情に感謝したがもう遅すぎた。しかし多くの部下から迎えられたとき、流石に感動した。
 退職後、もう何もすることはなくなったのだが、部長の退職金としてはかなり低かった。まあ、部長にまでなったのだから、それが退職金のようなもの。同僚のほとんどはやめている。
 それに比べると、金沢は可能な限りの出世をしたことになる。流石にそれ以上の出世は身の丈に合わないのか、思いもしなかったが。
 金沢の日常は図書館か喫茶店へ行く程度。図書館ではロビーが居心地が良い。ソファーもあり、そこで新聞や雑誌を読む。しかし図書館ロビーのヌシがおり、それと折り合いが悪くなり、遠くて小さいが、別の施設の図書コーナーに通っている。
 そして喫茶店。
 だが安っぽいファスト系。そこでヌシのように毎日通っているのだが、やはり、そこにも常連のヌシがいる。
 客が誰もいないとき、そのヌシから話しかけられたことがある。意外と問題のない人で、すぐ近くに住む隠居さんだろう。
 その日も客がいなかったので、金沢は四人掛けのテーブルと二人掛けのテーブルの間に座った。端まであるソファーにテーブルがいくつも並んでいる。他の席は安っぽい椅子で、背もたれが板で痛い。
 何故中間に座ったのか、それは横への移動が大層なため。テーブルとソファーとの間隔が狭いので、二人掛けと四人掛けの間からソファーへ行き、そのまま横移動しないで座ってしまうため。だから四人掛けと二人掛けの都合六席を占領しているようなもの。
 そこで新聞を広げたり、グラビア雑誌を見ている。しかし、何もしないで、じっと正面を見ていることが多い。その正面にヌシの老人が来て座った。
 この老人は近所の百姓家の隠居さん。
 ヌシは態度の大きな新入りが気になるが、注意するようなことはない。だが、今言おうか今言おうかとタイミングを窺っていたようだ。
 金沢は部下に囲まれた部長時代の余韻を引きずっているのか、態度が大きい。しかし、今では身を置く場所が安定しない。ただの年寄りなのだ。
 ヌシの隠居さんは二人掛けのテーブルで小さく座っており、バイトや店長と話すのを目的としている。特に女子高生バイト相手のときは楽しげだ。
 金沢は部長時代の威厳をまだ見せようとしているのが、見せる場がない。多くの部下がいたのだという誇りがあったが、今はただのホコリ。
 ヌシは金沢と一度だけ話したことがある。金沢はここぞとばかり、支店長時代、ウィルスに感染したパソコンの修復を三日でやった話を始めた。これは十八番だ。所謂オハコ。そして本社で部長となったことを少しだけちらつかせる。
 ヌシは自営業のようなもので、今でも庭の畑で適当なものを栽培している。いわば現役だ。
 金沢の趣味は読書で、図書館通いをしており、活字の虫、活字中毒になっているとか。しかし喫茶店で本を読んでいるところは見たことがない。そう突っ込まれそうなので、家でずっと読んでいるので、ここではその休憩で来ているだけ。そして今、自伝のようなものを書いて本を出すため、資料を集めるのが大変とか。これもオハコの持ちネタ。
 ヌシは黙って聞いていた。
 しかし、その後、ヌシは二度と金沢には話しかけていない。
 そしてその日が来た。
 金沢が四人掛けと二人掛けの間に座って部長ズラをしているとき。
 惨劇は一瞬で終わった。
 その後、金沢は二度とその喫茶店に来ることはない。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:29| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする