2018年11月23日

3815話 キリギリスの蟻


 蟻とキリギリスの話で、夏場遊んでいたキリギリスが困る初冬。例に従い蟻にすがる。そういう法則でもあるのだろう。
 夏場、猛暑の中でも働いていた田中の家はアパートで、しかもこの辺りでは一番安い。キリギリスの吉川は少し離れた町に住んでいるが、そちらの方が安い。だから田中よりもいいところに住んでいることになるが、それは最下位争い。低いレベルでの比較だ。
「田中君、いるかな」
「来たな吉川君。この季節になると来ると思ったよ」
「蟻様、いつものようにお願いしたいんだが」
「それがねえ」
 この蟻様、いつもと有様が違う。
「どうしたの田中君。夏場暑い中でも懸命に仕事をしていたじゃないか」
「全部無駄だった」
「どうして」
「倒産したようで、支払ってもらうのは難しそうなんだ。それで無理かもしれない」
「それは災難だったねえ」
「経費も掛かったし、その間、そればかりしていたから逆に赤字になった。大損さ」
「働いていたのにねえ」
「君の方がましだよ」
「そうかなあ」
「遊んで暮らしていたようだけど、お金、かけてないでしょ」
「まあ、そうだけど」
「それにたまに収入もあったというじゃないか」
「臨時収入だよ。ウロウロしていると、そんなこともある。でもそんなのじゃ食べていけない」
「でも君は季候の良いときは遊んでいるけど、寒くなると冬籠もりするらしいねえ」
「まあねえ」
「そのとき蓄えがないから、よくここに来た」
「そうそう」
「しかし、今年は無理だ」
「そうか」
「君は遊んでいるようでも、冬場に仕事をしているらしいねえ」
「え」
「そうじゃないと、春から秋まで遊べないでしょ」
「うん遊んでいるというより、何もしていないだけ」
「だから、お金がかからなくていいんだ」
「しかし、冬場の収入は春になってからなので、冬が越せない」
「僕は今月が越せない」
「さようなら」
「もう帰るの」
「話の流れが違うから」
「そうかい」
「いつも借りているので、恩返しがしたいんだけど」
「それが本筋」
「やはり、さようなら」
「待て待て、知ってるぞ」
「ん」
「吉川君」
「何だよ田中君」
「君は本当は金を持っている」
「それはない」
「いや、ある」
「絶対にそれはない。これだけは保証できる」
「そうだね。あるのなら、あんなところに住んでいないからねえ」
「そうだよ。黄金虫じゃなく、キリギリスだから」
「まあ、君に無心するのはお門違いだった。自分で何とかする」
「助かった」
「しかしねえ、吉川君」
「ん、何かな」
「懸命に働いたのに、無駄に終わるんだったら、君の方がましかなって思った」
「いやいや田中君、君の勤勉さはそのうち生きるさ」
「勤勉は美徳というけど、現実は違っていたりするよ」
 よく働く蟻の田中だが、今回は違っていた。その蟻の田中はキリギリスになり、大きな蟻様の家に行くことになるのだが、他のキリギリスとは一緒にしてもらいたくなかったようだ。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 13:09| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする