2018年11月28日

3820話 微熱通り


 寒くなった頃、吉村は風邪でも引いたのか、朝から調子が悪い。微熱があるようだ。それで動きがスローになる。それまで忙しく動き回っていたつけが回ってきたのだろう。風邪は回覧板のように回ってくるわけではないが、抵抗力が落ちたようだ。
 吉村はこのところ忙しく、ゆっくりしている暇がない。こういうときはのんびりと過ごすのがいいのだが、仕事が多い。その中には急がなくてもいいのも含まれている。それらをやらなければ、結構ゆっくりできる。
 自分がゆっくりだと周囲はどうなるか。移動中の足を緩めると、見えてくる風景が細かくなる。急ぎ足の時は風景など見ていないが、それが見える。ゆっくりを心がけたため、余裕ができる。どちらにしても通路の様子など見なくてもいいことだが。
 中華屋の看板が目に入る。いつも見るとはなく見ているので、知っているが。看板文字だけを見ており、看板の形や色や材質まで目に入って来た。しかし吉村にとり、入る気のない店なので、ただの通りすがりの風景。
 いつもその前をスーと通りすぎるのだが、今日はゆっくり。そのため、目に入るものが違う。実際には同じものしか見えていないのだが、細部までよく見える。
 それを見たのは、何だったのかと、今は思うのだが、その看板を少し越えたところに隙間ができている。途切れているのだ。小さな店の間口程度だろうか。取り壊したにしては、工事をしているところなど見ていない。昨日はそんな隙間はなかった。いや、あったかもしれない。知らないで毎日通っていたのだろうか。
 細い通路が右側にある。左側は枝道はない。
「何だろう」という余裕が今の吉村にはある。今日はのんびり、ゆっくりと過ごすと決めたので、時間に追われることもないので、その通路に入り込んだ。
 中華屋がある通りは毎日通っているが、そこだけ。枝道や他の筋には入ったことがない。必要がないためだ。
 吉村が知らないだけで、ずっとその狭い通路はあったのかもしれない。
 その通路は建物の横を貫いているようで、いわば隙間のようなもの。
 雑居ビルの裏か店舗の横側が左右にある。さらに進むと十字路に出る。交差している道は少しだけ広い。その広い方の道は暗い。そして無人。左右にずっと伸びている。看板はあるが灯りは入っていない。市場跡だろう。
 吉村はそれだけ確認し、もと来た狭い通路を引き返した。流石に微熱があるので冒険する気にはなれない。
 通りに戻ると、左側に最初に見た中華屋の看板がある。いつもの通りだ。
 そして、少し遅れたが、その先にあるビルで用件を済ませる。
 そのとき、古い市場について、ちょっと聞いてみた。
 その答えは、聞かなかった方がよかったようだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする