2018年12月03日

3825話 神通り


 鳴宮の宿は参拝者で賑わっているわけではない。それほど大きな神社ではないためだろう。それと信仰する人も少ない。土地の人程度。ましてや遠方からわざわざ来る人などいない。
 その宿に一人の逗留客がいる。小さな宿場で、しかも長く居続けるような用事もなさそうだ。大きな街道なのだが、ここで宿を取る人よりも、通過する人の方が多い。しかし宿場があるのは鳴宮神社があったため。
 逗留客は武家のように見えるが大小は差していない。道中差しという護身用の短刀よりは少し長い程度。しかし、それはよく見ると小刀。大刀とペアで差す小刀だ。だが肝心の大刀がない。武家のようにも見えるが道端の占い師のようにも見える。これは髪型だ。髷はなく、肩まで髪を垂らしている。
 そしていつも宿屋の二階から下を見ている。どうやら人を待っているようだ。相手が来ないので、一日、また一日と泊まり続けているのだろう。
 宿場に貸本屋があり、そこで借りた本を一日中読んでいる。難しい本ではない。人情本。
 かれこれ十日になるので、宿の主も心配になり、様子を聞きに来た。そうでないと不審すぎる。
「ここは神通り」
 その言葉で主人はすぐに察したが、まさかそんな伝説を信じている人などいるとは思わなかった。それは街道を挟んで神社が二つある。鳴宮本宮と鳴宮神社。どちらがメインなのかは分からないが、鳴宮神社の方が先で、鳴宮本宮はあとにできたらしい。
 神通りとは神様が通る道。
 二つの神社を行き来する。それがひと季節に一度なので、三ヶ月に一度。ちょうどそれが今月。しかし、日は分からない。それが分かっていても神様が通っていることなど分からないだろう。それにこれは伝説。
 鳴宮の夫婦の神様が引っ越した。それが鳴宮本宮。しかし、二人の間にできた姫は一緒に行かなかった。理由は分からないが、独立したかったのだろう。つまり親と暮らすのが嫌で。
 親はそれを認める代わりに季節ごと、挨拶に来いいう条件。
 それで、姫神が通るところを見ようとしているらしい。比売神とも書く。
 主人は酔狂な人がいるものだと、その逗留客の目を細目で見詰めた。「大丈夫か、この客」というように。
 それはあくまでも伝説で、そんな比売神が通っているところなど見た人は誰もいない。
 神社が二つに分かれたことは、神々の事情ではなく、後ろ盾の問題。有力者が争い。その結果二派に分かれただけ。今はその有力者などとっくにいない。昔の貴族だ。家系は残っていても、もう力はない。
 この逗留客、その貴族の末裔。
 二家の貴族が鳴宮を取り合ったのは、時の勢力関係から来ている。鳴宮を取った方が有利なため。
 今は鳴宮など誰も相手にしない。社領は減り、村の神社ほどの規模になっている。
 主神は異国から来た神様のようだ。二家が争ったのだが、その二家も渡来人で、大陸から技術を伝えるため、呼ばれた。楽器に関係しているらしい。
 しかし、今は村の神社として細々と続いている。もうすっかりこの国の何処にでもある神社にすぎないが、神通り伝説にいにしえの歴史が残されている。
 その怪しい客の話は江戸時代。今は、もうそんな伝説など、誰も知らない。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:55| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする