2019年01月02日

3855話 除夜の隠し鐘


「今年も暮れていきますなあ」
「あなた、毎年言ってますよ」
「この時期なら言っていいでしょ。正月早々今年も暮れていきますなあでは合わないし」
「私は頭が暮れていきまするわ」
「お暮れというやつですな」
「若い頃、このワンテンポ遅れが欲しかったねえ。急ぎすぎた。何事にもね。だから即決。決断が早い。一直線。これじゃ何も考えないで、適当に決めていたようなものですよ。それで人生が変わる。今からじゃほとんど変わらないですがね。若い頃の判断は大事だ」
「そうなんですか」
「競い合っていた。全て競争。だから後れを取りたくなかったのでしょうなあ」
「それで遅れなかった」
「しかし、今は頭が暮れゆく」
「人生も暮れていくので、丁度いいでしょ」
「ところがあなた。私は急ぎすぎたので、いろいろと取りこぼしがある。様々なことをやっていましたからねえ。それらを拾い集めようと思うのです」
「もう過ぎ去ったことでしょ」
「将来役には立ちません。しかし、既にその将来になってますが」
「将来現役ですなあ」
「生きている間はまあ、現役でしょ。しかし、社会的な何かを成すという線が薄いですがね。もう個人的な話ですよ」
「ところで今年は除夜の鐘、何処へ行きましょう」
「ああ、もう何度も突きに行ったので、同じところばかりですなあ。少しは変わったところへ行きたいです」
「そうおっしゃると思いまして、見付けました。穴場です」
「どこか人が来ないような山寺ですかな」
「寺とは言えないのです。鐘撞堂だけが残っているのです。いや、最初から鐘撞堂しかなかったようです」
「建物はそれだけですか」
「寺じゃないようですから」
「誰かが持ち込んだのですかな」
「重いですよ。それに結構古い。特に有名な鐘じゃなければ、戦時中、溶かされてますよ」
「ああ、金属が不足した時代ですね」
「それで、徴収されないように隠していたらしいのです」
「つまり鐘の隠し場所だったわけですか」
「古いのは鐘だけで、釣り鐘堂は戦後できたようです」
「戦後、隠していたのを取りに来なかったのですか」
「さあ、そのへんの事情は分かりませんが、隠し場所は人目に付かない山の中。それを預かった山持ちが戦後鐘撞堂として建てたようです」
「分かるような気がします」
「え、何が分かるのです」
「預けたはいいが、重いでしょ。運ぶのがいやになった。芝居で使う張りぼての鐘じゃないんですから」
「それで鐘撞堂として今もあるんです。突けますよ、除夜の鐘が。山の中なので、いくらゴーンゴーンやっても文句をいう人はいませんしね」
「それはいい。それで決まりだ」
「少し遠いですよ。車がないと、帰れません」
「行きましょう」
「しかし、問題があるのです」
「大変な山奥だとか」
「それほど深くはありません。近くに町もあります」
「じゃ、何ですか」
「煩悩が溜まる場所」
「そう来ますか」
「かなりの煩悩が山間に溜まっているようですし、噂では鐘を突いて煩悩を落としても、他の煩悩がくっついてくるとか。だから移るんですよ」
「煩悩の感染」
「じゃ、誰も行かないでしょ。煩悩をもらいに行くのですから」
「だから、穴場なのです。場所も遠いし辺鄙なので穴場、そして悪い噂があり、二度ともう鐘など突きに行かない」
「じゃ、やめましょう。何のための除夜の鐘なんです」
「ところがです。アタリもあるのです」
「アタリ」
「よい煩悩もあるのですよ」
「ほう」
「これを狙いに行きませんか。穴狙いにリスクは付きもの。しかし当たれば非常にいい煩悩を憑けて戻れます」
「昔の私なら、何も考えないで行ったでしょうねえ。後れを取らないため、即決です」
「今は駄目ですか」
「いや、もう頭もお暮れになったので、緩んでます。一つ、それに飛びついてみますか」
「きっと昔やり残した楽しい煩悩のようなものを拾って帰れるかもしれませんしね」
「ああ、なるほどなるほど」
 
   了





posted by 川崎ゆきお at 13:39| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする