2019年01月12日

3865話 千枚漬け仕事術


 山下は余裕がある。おかずの予備があるためだ。おかずとは何か。ご飯のおかずだ。
 普段使っているお金は小銭と千円札。万札を使うようなことは余程の買い物でないとないので、日常の中にはない。ところが千円札が切れ、五百円玉もなく、百円玉や十円玉ばかりになった。それらはズボンのポケットに入れているので、手を突っ込めばすぐに分かる。紙がない。
 それでは困るので、万札を崩さないといけない。場所としていいのはスーパーだ。多い目に買えば千円前後使う。
 それでタイミング的に夕食前だったので、食材を買うことにした。その日に食べるものしか普段は買わないのだが、保存が利くものなどを余分に買った。レトルトもので室温で保存できるハンバーグセットとか、棒鱈とか、おでんセットとか。
 もうそれだけで三食分の夕食が間に合う。棒鱈など一気に食べるわけではないので、結構持つ。一応魚だ。しかも常温で保存の利く。
 それで一万円札を出し、おつりで千円札を多く得た。どうせ買わないといけないおかず。贅沢をしているわけではない。買い置きだ。これで四日ほどは持つだろう。
 当然それらはメインのおかずで、それだけでは淋しい。ハンバーグセットに少しだけブロッコリとポテトフライが入っているが、それでは足りない。また味噌汁の子もいるだろう。豆腐や野菜は買い足せばいい。葉物は買いだめできない。
 それで千枚漬けを買った。冬はこれがいい。カブラを薄く切ったもの。甘酸っぱさがあり、そこに昆布が入っており、その粘りがいい。カブラの粘りか昆布の粘りかは分からないが。またアクセントとして小さな唐辛子が入っている。白地に赤は目立つ。さらに大きな円形ではなく細かく切ったものなので、食べやすい。
 山下に余裕ができたのは、おかずの買い置きができたため。これで数日は夕食の惣菜について考えなくてもいい。
 予備がある。これが余裕に繋がった。その間、準備しなくてもいいことも。
「おかずねえ」
「そうです。おかずの予備。これのあるなしでは余裕が違います」
「ただの惣菜でしょ」
「いやいや、これは食欲とも関係します。カロリーや栄養素をガソリンのように入れれば、大丈夫というわけじゃありません」
「米がメインでしょ」
「ああ、米は当然ありますよ。一番小さな袋でもそこそこ持ちますよ。毎日買いに行くようなものじゃありません」
「ご飯さえ食べておれば、それでいいでしょ」
「それじゃ、つまらんでしょ。ご飯だけでは。それに塩分とか、そういうのがないと、ご飯だけ食べるのはきついですよ」
「しかし、余裕というのはねえ君」
「はい」
「おかずの買い置きがあることかね」
「三日か四日はいけます」
「それは食事での余裕かね」
「食費はあります。食べるものが買えないのではありません。しかしそれほど余裕はありませんが」
「そうだろ。余裕のある生活とは、食費以外でも金が使えることだ」
「エンゲル係数ですね」
「最近あまり聞かんがね」
「しかし、先日、それで余裕とは何かのヒントを得たのです」
「買い置きのようなものがあるかどうかでしょ」
「これは下準備が豊かだと、余裕が生まれるのと同じでしょ」
「そう持っていくか」
「学校でも予習して行けば、余裕です」
「一番大きいのは貯金だろ」
「それには限界があるでしょ。それに貯金のために節約すると、日々が淋しいままです」
「何が淋しいのかね」
「日々の憩いがです」
「まあ、それはいいが、その余裕の教訓を活かして、仕事も余裕を持ってしなさい」
「仕事は嫌ごとですから、どうせ何を仕込んでも嫌なことは嫌なままです」
「そんなおかずのことなどどうでもよろしいから、仕事術を身に付けなさい」
「はあ」
「おかずに買い置きで得た教訓を活かせばいい」
「じゃ、仕事はご飯で、それに添えるおかずですね」
「仕事のおかずって、何だい」
「今、考えている最中です」
「仕事は米。ご飯。白いご飯。それだけを食べておるから楽しくないのだろ」
「何でしょう、仕事のおかずって」
「知らん」
「あ」
「出たかね」
「千枚漬け」
「おお」
「これは食が進みます。これですね。これ」
「仕事に千枚漬けを添える。では、千枚漬けは何に相当する」
「さあ」
「ここからだよ君。さあ、仕事と千枚漬けについて考えなさい」
「駄洒落ぐらいしか思い付きません」
「それはここでは言うな」
「はい」
「仕事が捗る何かだ」
「仕事以外の何かを付けることですね」
「よしよし、そのあたりだ」
「甘酸っぱいからです」
「応用や置き換えが効かん奴だなあ」
「無理ですよ。閃きません」
「唾液と関係する」
「はい」
「仕事と唾液。さあ、どうだ」
「唾液が出て食が進む。仕事が進む」
「その先だ。もっと具体的に。脳から唾液を出しなさい」
「やはり個々のおかずの問題じゃなく、買い置きがあることで余裕が生まれたのですから、仕事も余裕を持ってできるようになればいいわけでしょ」
「そんなあたりまえのことが答えかね」
「しかし、いいんですか」
「何がだ」
「こんなウダ話をしていて」
「ん」
「仕事に戻った方がよろしいかと」
「これがおかずなんじゃ」
「ああ、なるほど」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:36| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする