2019年02月16日

3900話 野草の思想


「さて何処へ行こうか」
 箕田は思案した。別に行かなくてもいいことだが、何処かへ行かなければ、立ち止まることになる。それを避けたいだけで、何処かへ行こうとする。ただの移動でいい。箕田は蓑虫のような人間だが、冬眠しているわけではない。虫といえども動物。しかも箕田は立派なホモサピエンス。
 本能は動物ほど立派ではないので、何らかの意志で、考えで、動かないといけない。困った動物だ。しかし、動くことが動物の仕事。止まると、静物になるわけではないが。
「当たり障りのないところ」
 これが意外と難しい。何か行動すると、それなりの成果もあるがリスクもある。特に得ようとするものがないのにウロウロしている状態は逆にリスクだけを背負う。だから、まあまあの行動がいい。それが当たり障りのないところ。何とか動いているだけ、活動しているだけでいい。中身は問わない。
 箕田は自分自身を操縦しているのだが、これが自動運転になれば楽だと思うが、逆にもの凄くリアルなものを突きつけられそう。もしAIなら用もないのにウロウロするな、ということで、動かしてくれないだろう。
「常識的な動き、普通の動き」
 箕田はこれに頼るしかない。非常に一般的なことをすれば当たり障りはないと踏んでいるが、ミスマッチもある。
 箕田は既に行く場所を失っている。つまり目的はもう以前とは違っている。だから何も考えないで、一直線で進めた頃とは違う。行き場がないのだ。
 しかし、一気に墓場まで行くにはまだ早い。その間の埋め草がいる。つまりもう埋め草人生になっている。それにまだ箕田は気付いていない。ただ、行く場所がなかなか見当たらないというあたりで、それが出ているのだが。
 埋め草転じて花と咲く。しかしどんな草でもそれなりの花をつけるだろう。ただその花に華がないが。
 それで思い付いたのか、もの凄く地味な野草の花見に走った。我が身を映すのかもしれない。以前なら、そんなものは見えなかった。
 それで、外に出たのだが、近所に野っ原などない。住宅地のためだ。しかし更地に雑草が生えており、その中に踏み込むが、寒いのか、花の色がない。葉の色ばかり。あれば目立つだろう。
 それで別の空き地を見に行くが、住宅地なので、鉢植えなどがあり、そこには花が咲いているが、そういう華のある花ではなく、もっと野育ちの野生の野草がいい。
 赤い花をよく見かけるが、ほとんどが椿や山茶花。これは木だ。柔らかそうな草がいい。
「これが私の行き場所なのか」
 と、やっと気付いたようだ。植物博士になるわけではないので、そんなものを観察しても、将来が拓けるわけではない。それにすぐに飽きることは目に見えている。なぜなら地味な行為のため。当たり障りはないが、成果がない。
 野草の花を見るために生きてきたわけではない。こういうのは趣味の話で、ほんの気晴らしとか、暇潰し程度のジャンルだろう。
 箕田が更地の野っ原で花を探しているとき、窟が見えた。下ばかり見ていたので、人が来ていたのが分からなかった。
「いいですねえ。場所がいい。風水もいい」
「ここを買われるのですか」
「いや、色々見て歩いているのですよ」
 こりゃ規模が違うと、箕田は犬が糞だけして野っ原から走り去るように更地を後にした。
 
   了

 

posted by 川崎ゆきお at 13:31| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする