2019年03月01日

3913話 不適


 快適があるように不適がある。適していないということだろうか。快適とは適している上に快感まである。または適しているので、そのことが既に快かったりする。
 そのため、不適は不快に繋がる。それが不快なものなのではなく、目的が違うのだろう。あることに関しては合っていないというだけで、偶然そのことでは適していないが、他のことでは適しているかもしれない。
 不適で不快。しかし、快適だったもの、適していたものが、そうではなくなることもある。時が変わり時代が変われば、昔快適だったものが、今や適さなくなったのか、不快なものになる。
 だが、その網目が通じない人もいる。それに対する感覚だろうか。全てのことで人と感覚が違うわけではないが。
 特にイメージもの、感覚的な好き嫌いや相性になると、解答がなかったりするので、このへんは曖昧。
 人の感情の出所はそれぞれ違うし、よく分からない。またその人の流儀もあるだろう。
 神仏に結界があるように、家にも結界があり、当然今は一人一人に結界がある。まあ、縄張りのようなもの、プライドかもしれないが精神的なもの。縄張りのシマがあり、娑婆代を取るわけではない。
 快適とは、適しているということなら、人にも適した結界があるのだろう。快不快だけの目安で不快なものは不適とされるのか不適だから不快なのかは知らないが。
 だが、曖昧なものがある。適していそうだが、適していない。適していないのだが、適していることもある。または適しているのか適していないのかが分かりにくいもの。適しているかどうかは頭で考えるが、不快なものは生理的な印象も強い。
 不適と思えるものは、そのまま不快となるのだが、不適だと思われていたものが、実はそうではなく、誤解だったこともある。合わないと思っていたものが意外と合ったりする。これは食べ物の好みでもたまにあるだろう。
 不適だと思ったのは、実は結界の張り方を間違っていた場合もある。これはふさわしくないと思い、結界の外に出していたとか。
 または、より理解を深めたため、適合しないと思っていたものが、実はそうではなかったりする。
 感性というのは動くもので、感覚や感性の後ろで動いているものがあり、これが変化すると、不適が快適になったりする。
 ただ、それまで快適だったものが、そうではなくなることが引き換えになる恐れもある。
 愉快だったものが不愉快になる。
 しかし、不愉快だと語るその人は、いったい何様なのだろう。
 また適しているのか適していないのかの判断をいちいちしないでさっと決めてしまうことがある。これを適当という。これが一番安定している。
 
   了
  

posted by 川崎ゆきお at 13:21| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする