2019年05月30日

3403話 屋上稲荷


 坪井ビルの屋上へは普通は上がれない。関係者以外立ち入り禁止というドアがあり、開けると階段があるタイプではなく、外付けの階段。だから外に面している。実際にはここも立ち入り禁止で、普段は閉まっている。
 ただ、火災時などでの非常階段なので、鍵を掛けてしまうと、いざというとき脱出できない。
 まあ、そういうことは滅多にないので、ロープが張られているだけ。敢えてその外付け非常階段を使う用事がないため不便は感じない。
 エレベーターや普通の階段もあるので、それで十分間に合う。
 問題は屋上なのだ。その鉄骨で錆びていそうな外付け階段を使わないと上がれない。
 だから屋上に何かを設置するのは大変なので、何もない。
 しかし上空から見ると鳥居が見える。こういうビルによくあるようなお稲荷さん。
 既に朱色が薄れ、祠も色あせている。鳥居がなければ放置した犬小屋。
 この程度の大きさなら、あの外階段からでも上げられるだろう。鳥居も上で組み立てればいい。だが、人が潜れるほどの大きさはない。
 そういった天空の祠に興味を持つ人がおり、それらを参るらしい。屋上聖地巡礼だ。まあ、見付けるだけでもいいらしいが。
 坪井ビルのお稲荷さんは航空写真からでも分かる。ただ、真上なので、見る人が見ないと分かりにくいが、このビルの屋上はそれしかないので、非常に分かりやすい。
 田村という天空聖地巡礼者が屋上へ出うとしたが、当然最上階からの入口は普段閉まっている。ドアを開けないといけない。当然仕掛けはある。これは本当に危ないドアで、開けると空中にいるようなもの。それに風が強い日など、階段へ出る気が萎えるだろう。
 手すりは頼りなく、少し押すとグワーンとたわむ。だからこんな手すりなど信用できない。ところどころ針金やガムテープで補強されているのを見てしまうと、ぞっとするだろう。鉄の階段だが作業員の足場のようなレベル。それよりも普段から使われていないのだから、安心できない。
 階段ごと壁から剥がれるのではないかと考えると、怖い。
 しかし最上階から屋上までは僅か、それでも踊り場が一つある。そうでないと角度がきつくなりすぎるため梯子になってしまう。
 田村は慣れた手つきで、ロックを外した。これは緊急時に回せば開く。その小さなハンドルのようなものはカバーを外せば出てくる。
 しかし、ドアを開けたとき、もの凄い風が吹いた。内側の空気が外に出たのか、外の空気が入ってきたのかは分からないが。
 それぐらいのことは田村は分かっているので、上へ向かい鉄梯子に毛の生えたような階段を上りだした。
 しかし、三段までで四段目を踏めず、足の裏を下へ戻した。思っている以上にビル風が凄い。山でいえば谷風、沢から吹き上げる風。これではさすがに上れない。
 それに階段の二段目を踏んだとき、怪しい音がした。これは階段ごと倒れるのではないかと思うほど、怖い音と揺れを少し感じた。
 流石にベテランだけあって、これは無理だと諦めた。
 屋上にあるお稲荷さんの色が剥げているのも、あの階段を上る冒険者がいないためだろう。
 この坪井ビルは老朽化のため、その後取り壊された。
 実は田村が実行した日、ビル内は静かで、人の気配がしなかったので、取り壊しは既に分かっていたのだろう。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:11| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする