2019年06月01日

3405話 詰まらない話


 常に新しいものを追い続け、時代の先端を走っていた宮田だが、ここに来て行き詰まった。もう手の打ちようがない。それ以上の手が、もう見当たらなくなったのだ。頂上に立つと、その上がないのと同じ。これは飛ぶしかないが、羽根はない。それに鳥もずっと飛び続けているわけではなく、空で暮らしているわけではない。
 だが、その先はまだあるにはあるが、コストパフォーマンスが低すぎる。実行しても得られるものは僅か。あまり今とは変わらない。だから、もう効果的な手が詰まってしまったのだ。
 つまり、つまらなくなった。手詰まりなので、面白くなくなったのだ。
 しかし、登るだけ登り、進むだけ進んだので、振り返るともの凄く見晴らしがよく、展開が開けている。いずれも過去だ。
 そちらの方が実は色々といいものが残っているかもしれない。時代の先端ではないが、先端が手詰まりの有様では後退した方が豊かなような気がした。広いのだ。そして未来よりも伸び代がある。
 しかし、過ぎ去った過去、これはよりよいものがあると思い、様々な過去を乗り越えていった。そこよりも先にいいものがあるはずなので。
 だが、その先にあるところは大したものではなかった。確かに過去よりも進んでいたが、それだけのことだった。むしろ進んでいたのではなく、進めていたときが楽しかった。つまり駒を進める。その距離が長いほど気持ちがいい。その距離分、前へ前へと進んでいるのだから。
 では後退はどうか。これも後ろではあるものの進んでいることにはかわりはない。後進だ。向かう方角が違うだけで、駒を進め、歩を進める行為は同じ。
 とどのつまりのどん詰まりの手詰まり状態よりもましだろう。動いてこそ活動。
 それで宮田は後退を始めた。これは勇気ある後退でも退却でもない。
 過去といっても広い。未来よりも広いのは、未来は想像しているだけの世界のため。現実は想像を超えることの方が多い。過去は現実にあったこと。想像ではない。
 といっても時代劇の世界に戻るわけではなく、少しだけ引いてみた程度。
 すると、前方は遠ざかるが、横が見えてきた。さらに引くと、さらに横への拡がりが多く見える。この一つか二つ下ったところが結構落ち着く。上へではなく横に拡がる世界は宮田にとっては未知。
 要するに後戻りして、違う道に分け入るということだろう。その道の先にも、その先端があるはず。だが、先端はもう懲りたので、退屈。
 だから横へ横へのシフト作戦に出た。宮田は蟹になった。
 その横から、さらに下への降り口がある。そこには知らなかったような過去がポカリと口を空けていた。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 10:38| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする