2019年06月16日

3420話 願念堂


 村の奥まった山腹に願念堂がある。非常に分かりやすいお堂だが、寺ではない。神社でもない。しいて言えば寺に所属している。お堂なので、寺造り。しかし僧侶がいるわけではない。お堂というのは色々な使い方があるが、この願念堂は文字が示す通り、願いを念じる場所。分かりやすい。
 このお堂には主がいるが、コロコロと変わる。願いが叶ったので、出ていったのだろうか。空くとすぐに別の人が入る。村人はここには入らない。来るのは他国の人。村人は貸主であり堂守のようなもので、ここを管理している。だから主がいるときは、その手伝いをする。食事とか、用事とかだ。
 お堂を建てたのはお寺ではない。村人が金を出し合って建てた。さる僧侶がこの地を訪れたとき、お堂が欲しいといいだした。村寺に滞在しているときだ。実は村の寺も檀家が建てたようなもの。寺そのものは大きな宗派の末寺だが、そんな金はない。この寺は宗派替えをよくやる。領主が変わるたびに、それに合わせたりする。もし領主がキリシタンなら教会を建てただろう。
 村から見れば都の高貴な出の僧侶はまさに貴人様。見るだけでも値打ちがある。僧侶になっているが、まだ若い。何か事情でもあるのだろう。それで旅先にもかかわらず、そこでお堂が欲しいといいだした。できれば、この地で落ち着きたいと。
 問題は何もない。僧侶として暮らす限り、都は黙認。ただ実家も金がないので、簡単には建たない。
 それで数ヶ村が金を出し合って建てたのが願念堂。最初はそんな名などない。僧侶が去ってから付けた名。これは何でもよかった。だからいかにも素人臭い名になった。
 貴族趣味が少しあるのか、お堂は雅。この高貴な方、余程お寺の抹香臭さが嫌だったのだろう。そして僧侶になるのも。
 その僧侶がお堂を去ったのは、還俗したため。俗に返ったのだ。一寸した政変があり、この貴族の血筋が途絶えたため。
 雅なお堂。派手な神社に近いかもしれない。この山田舎では珍しい。
 それで、ここを借りる人が結構いた。大庄屋の隠居とか、中に本当の旅僧や、村寺の本山の高僧なども、借りていた。死に場所のようなもので、期間は短いが。
 願念堂という名は村人が勝手に付けた名なので、あまり意味はない。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:15| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする