2019年06月18日

3422話 妖怪仏


 神様のイメージとは何だろう。これはイメージなので、何とでも思い浮かべることができるが、実物がない。実像だ。姿がない。また固体化されていなかったりする。山そのもの、森そのものが神だとすると、複数の樹木や場所そのものが神様。人や動物なら個体として分かりやすいのだが。
「妖怪仏が出たのですが」
 妖怪博士の担当編集者が電話をかけてきた。緊急の用事ではない。ただの命令だ。指令だ。
「行ってもらえますか」
「遠いか」
「近いです」
「君は」
「忙しいので、今回はご一緒できません」
「妖怪仏?」
「妖怪神かもしれません」
「じゃ、妖怪の顔をした仏像かね」
「そのようです」
 梅雨の晴れ間、湿気すぎたので、少し乾燥が欲しいと思い、妖怪博士は引き受けた。甲羅干しだ。
 出たのはお寺の納骨堂の床下。そこにいらなくなった木札。これは卒塔婆の小さいタイプで、新仏が出たとき一時使うもの。または白木の位牌で仮の位牌。そういうものがないとお経を唱えるときのターゲットがないので坊さんが困るらしい。
 もういらなくなったのだが、簡単に捨てられないし、燃やせない。それに数も多くなるので、一時置き場として納骨堂の床下に転がしていた。悪い場所ではない。お堂内なのだから。
 そこに腐りかけの小箱が昔からあり、誰も触らなかった。空き箱もしくはいらなくなったものを詰め込んでいる程度に思っていた。ここには大事なものは置かない。床下なので、地面なので。しかし雨風は凌げる。だから悪い場所ではない。
 寺の住職は高齢で、その孫の子供が境内を探検していて、見付けたものらしい。下に潜り込んだのだろう。
 孫の子供はお化けの人形を見付けたと騒いでいたが、すぐに飽きたのか、もう興味をなくした。
 年寄りの住職は、どれどれと、その仏像を手にして、じっくりと見た。顔だけが妖怪で、あとは仏様だが、立像。手に持っているものやポーズでタイプが分かるのだが、棒立ちで、衣服もよくあるタイプ。何か持ったり握っていれば分かるのだが、それもない。また髪の形や髭などでも何とか分かることもあるが、何せ妖怪なので、頭部はバケモノ。カエルを踏み潰したような顔をしている。仏像というより、踏まれている小鬼に近い顔だ。
 ということは餓鬼が偉くなり、仏になったのだろうか。
「というわけでしてな。わしは妖怪仏と呼んでおるのですが、如何なものでしょうや」
「箱はまだ残っていますか」
「腐ってましたが、取っておきました」
 妖怪博士は木箱も見せて貰う。
 妖怪仏は木造で、その木の箱の木が結構似ている。
「納骨堂ができたのはいつ頃ですかな」
「大正です」
 妖怪博士は境内や本堂なども見せて貰った。主に飾り付けや化粧板、特に細工物を探した。欄間などには彫りものが多い。所謂工芸ものだ。
「この寺は古いのですか」
「本堂は建て替えました」
「それも大正ですか」
「いえ、二十年ほど前です」
 妖怪博士は宮大工が遊びで彫ったものではないかと思ったのだが、妖怪仏は顔以外に特徴はなく、素人目で彫り方の違いや癖などは分からない。
 しかし、妖怪仏の顔以外はプロのものだろう。
「住職はどう思われますかな」
「奉納品でしょ」
「捨てに来た」
「よく持ち込まれます」
 おそらく、これが正解だろう。妖怪博士は妖怪仏を木箱に入れ、蓋をするが、がたついてぐらぐらする。そこで布でぐるぐる巻きにして、封印してしまった。
「なるほど、それがよろしいです」
 住職も同意した。
「今度は見付けにくい場所に隠しましょう」
「はいはい」
「これを秘仏とすればよろしいかと」
「はい、分かりました。しかし、お顔が妖怪なのは、何故でしょうなあ」
「遊びでしょ」
「あ、はい」
「いつも仁王さんとかに踏まれている餓鬼や小鬼が正体ではないかと思えます」
「無念を晴らしたわけですな」
「だから、お遊びの像でしょう」
 妖怪博士は帰りのバスがなくなりそうなので、帰り掛けたとき、
「これは鑑定料です。僅かですが、どうかお納め下さい、博士」
「ああ、そんなつもりで」
「いえいえ」
「これは秘仏ですから、誰にも言ったり語ったり、見せたりしてはいけません」
「はい、分かりました」
 戻ってきてから編集者から電話があった。
「見ましたか、どうでした。早速記事にしましょう。僕も写真を撮りに行きますから、今度はご一緒に」
「小学生が彫った偽物でした」
「そうでしょうねえ。そな出物、あるわけないですしね」
「そういうことですな」
 妖怪博士はどこで買ってきたのか、豪華な幕の内弁当を食べている。巨大な伊勢エビが笑っている。
 鑑定料がよかったのだろう。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 11:05| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする