2019年07月10日

3444話 不戦の人


 芝垣は勝つ戦いしかしないので、これまで戦ったことがない。いずれも負けそうなので。
 不戦不敗とはいうものの、戦わないこと即負けになることが多い。だから不戦不敗ではない。戦わないと負ける。ただ、戦ったときよりも負け方が楽。
 負ける戦いはしないが、勝つ戦いもできない。勝てそうな戦いがないためだ。戦いというのは勝てばいいわけではない。そのあとだ。勝つことで獲得できることがある。そこに魅力があるので戦うわけだ。戦うために戦うわけではない。
 それで勝てそうな戦いも今まであったのだが、勝っても益するところが少ない。ない場合もあるし、逆に負担になったりする。それなら戦わないほうがまし。勝てるが戦わない。
 勝っていいことがある戦いはいくらでもあるが、その中で勝てそうなものはほとんどない。だから戦えない。
 勝率が五分とのときは戦わない。五分五分、互角なら大したものだが、勝つ保証はない。
 勝つか負けるかの予測は芝垣が決める。これはかなり控え目で、五分以上の勝算でも、五分と見なしてしまう。だからこれは勝てる戦いだったことになるが、僅かに強い程度では危ない。余裕がない。
 勝負はやってみないと分からない。勝てるはずの敵にも負けるし、勝てない相手に勝ったりもする。芝垣もそれは分かっている。しかし博打はしたくない。
 不戦の人として芝垣は有名だが、実際には勝てないためだ。また勝てると踏んで戦わないため。そのため、戦いを避けているわけではない。勝負するだけの自信がないためだろう。
 それで、臆病者としても有名になる。戦わない争わないは臆病から来ているのだが、それは芝垣も自覚している。
 どうしても戦わなくてはいけない状況に陥ったとき、真っ先に降参する。これは素早い。意地も根性もない。降参が許されない場合は、逃げるしかない。
 こういう人が凄い人になれるわけがない。ましてや人の上に立てるような。
 しかし、何処をどう間違ったのか、不戦を続けたり、降参したり、逃げたりしていたので生き残った。
 そしてかなり高い地位に就いた。
 実力はなく、臆病なだけの人なのだが、不思議な話だ。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 11:36| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする