2019年07月16日

3450話 丸い石


 妙見坂を登ると轟町に入る。昔この坂の近くに妙見堂があったらしいが、今はない。ただ石饅頭程度を祭った祠はあるが、妙見さんとは関係がないようだ。しかし、妙見堂よりも古いらしいが、詳しいことは分からない。ただの石饅頭で、何を祭っているのかはもう誰も知らないし、この程度ものは記録にさえ残らないだろう。
 妙見堂が建ったのは江戸中期とされており、これは建てたお寺の記録に残っている。寺が建てたのだが実は神社。目の神様だと言われている。北斗七星と関係する妙見菩薩から来ているのだが、そのお寺の宗派とは違う。その寺は禅宗。この寺は引っ越して、この坂の近くにはない。引っ越した時期と、妙見堂がなくなった頃とが近い。
 それよりも前にあったとされる石饅頭の祠だが、これとの関係は分からない。どちらも妙見坂沿いではなく、少し離れたところにある。坂の名はあとでできた通称で、妙見堂があった頃に付いたのだろう。
 この石饅頭の祠、今も残っており、近所の人が管理している。自治会ではなく、お参りに来る人達だ。祠は公道ではなく中村という土地の人の庭にある。それが通りと面しているので、開放している。その通りは妙見坂と交差している。
 おかしいのは、何の謂われも言い伝えも伝説もない石饅頭が長く保存されていること。また、祠は何度か建て替えられている。犬小屋程度の大きさだが、今残っているものはコンクリートの台の上に固定されている。
 これで、年寄りがしゃがみ込まないで、手を合わせることができる。
 由緒正しい妙見堂が消え、何かよく分からないものが残った。
 中村家の所有となっているが、このあたりは中村姓が多く、農村時代は田んぼも多く持っていたのだろう。中村家の母屋や塀などを建て替えたときも、この祠のある場所はそのままにしている。塀の外にあるためだ。敷地の角にある。
 中村家も、その石饅頭の信者のようなものだ。この家がその気になれば、いつでも取り壊せる。
 しかし、何を信仰しているのだろう。妙見さんは目に効くということで、はっきりしている。妙見さんは星の神様なので星を見ると目がよくなるとされているので、その関係だろうか。だからお寺がそれを目的に建てたのだが、流行るどころか廃れてしまった。そして本寺も廃れ、引っ越した。
 因果関係があるとすれば、石饅頭との関係だろうか。
 その石饅頭、漬物石程度の大きさで、ただの自然の石。何も刻まれていない。当然お顔もない。ただの丸っこい石なのだ。何処からこんな石が出てきたのかは分からない。河原か何処かにそんな石があったのだろう。誰か拾ってきたのか、またはまったく関係のないところから運び込まれたのか、一切分からない。
 昔からここに在るとされているが、それは噂。つまり村ができる前からその石はあったと。
 最初から正体が分からない石なので、なんとでも話を盛れる。
 ここに参る人は、好き勝手で、つまり自分の都合に合わせた効能となる。地蔵でもなければ不動さんでもない。またお稲荷さんでもない。水神さんでもない。無印なのだ。だから神でもあり仏でもあり、何でもありかもしれない。
 名もなく由来、謂われもない祠。不思議な存在だが、近所の人達にとってはごくありふれた存在らしい。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:41| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする