2019年09月15日

3511話 式神あります


 暑いときは死んでいる妖怪博士だが、寒いときも死んでいる。
 続いていた猛暑が去ったのか、これでやっと動き出せる虫たちもいる。これは春先にも、そんな虫がいる。妖怪博士はどちらの時期も、それをやっているが、これは動きにくいだけ。冬よりも夏のほうが厳しいようで、動きは最低になる。
 しかし蝉の鳴き声から鈴虫に変わったときが動き時らしく、顔も涼やかそう。ただ、研究しているのが妖怪のため、あまり涼やかなことではない。これは人の情念の塊、瘤のような濃いものが固まっていそうな話になるためだ。颯爽としていない。
 最近は式神についての研究をしている。研究と言うよりも、それについて想像する程度だが。
 式神は紙に近い薄ペラなもので、それ自体に力はない。御札のようなものだ。しかし、それが飛ぶが、これでは紙飛行機でグライダー。
 式神を飛ばすとよく言う。日常的にそんな言葉はよく使わないし、使う機会もないだろう。ただ、念を送るとかはある。念力のように物理的に物に力を加えるわけではない。そんなことが普通にあれば、生存者はいないかもしれない。
 しかし念を送るとか、呪いを掛けるとかは密かにやっているのかもしれない。これは意識的ではないこともある。呪いの言葉を投げかける、とかもある。これで相手は呪われ、災いを受ける。まあ、それも始終あることなら、これも生存者がいなくなりそうだ。
 式神の式とはプログラムのようなもの。自動的に作動する実行ファイル。
 式神は妖怪ではない。だから、妖怪博士が考えている式神は虫。虫なら動力は自前。
 寝入りばな、決まって蚊が耳のあたりで五月蠅いことがある。まるで戦闘機のように襲ってくる。これが足元なら分からない。耳の近くだから聞こえる。この蚊、誰かが飛ばしてきた式神かもしれない。
 蚊は虫。虫を蟲と書くと、それらしく見えるだろう。
 ゴキブリやヤモリ、蜘蛛などは怪しまれないで家の中をウロウロできる。これが蛇なら大変だ。騒ぎになる。だから大きさが問題。式神の条件は小さいこと。
 しかし、蟻ほどの小ささだと、込められたものがないように思えるし、動きが遅い。それに一匹だけの蟻というのはあまりいない。
 部屋の隅でずっと人を窺っているゴキブリや蜘蛛などが式神かもしれない。通常の動きではなく、じっとしている場合だ。虫にも日常の動きがある。あまり疲れたので休憩している虫は見かけない。いるとすれば死ぬ前だろう。
 虫の式神。この場合は、虫ではなく蟲だろう。そしてそれを蠱(こ)と書くと、決定的だ。蠱物(まじもの)のことで、これこそ術者が送る物理的な念のようなもの。ようするに「まじない」「呪文」呪術となる。
 しかし術者と相手との距離が遠いので、その中継として虫がいる。
 虫はただの虫だが、呪術師がコントロールしている。
 と、そこで、ふっと妖怪博士は気付く。秋の爽やかなときに、思うようなことではないと。
 しかし、こういった陰密なことが好きなようだ。
 ただし、陰秘という言葉はない。そして式神も実際にはないだろう。だが、それに近いものを人は飛ばし倒しているのかもしれない。
 
   了
posted by 川崎ゆきお at 10:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする