2019年10月16日

3542話 三途の渡し


 豊志野の町外れに渡し場があったとされている。もう場所は特定しにくい。木佐美川はこのあたりでも大きな膨らみを持ち、橋は長い間できなかった。もう少し下流に橋が架かったのだが、それでもその橋まで行くのが面倒な人は渡し船を使っていた。
 渡し船以外にも渡り方はある。それほど深い川ではなく、水が少ない日なら歩いて渡れた。そういった飛び石のようなものや、杭などが打ち込まれていたためだろう。
 また、川漁師の舟はどの岸にも着けることができた。また荷船などの川船は終通っていたのだが、これは渡るための船ではない。
 いずれも昔の話で、今は鉄橋もあるし、幹線道路には必ず橋ができた。その間隔は広いのだが、不便を感じることはない。以前ならこちら側と向こう岸とは住む人も違い、また、行き来するような用事もなかった。
 高橋、これは橋の名ではなく、人の名。彼がその渡し場を探していると、葦原からいきなり人が現れ、教えてくれた。
 廃れてしまった渡し場、もう船着き場もない。簡単な板が出っ張っていた程度なのだが、そのとき打ち込んだ何本かの丸太が一本残っている。杭としてはもの凄く太いが、それも蔓草に覆われ、よく見えない。
「ここはねえ、客人、三途の川の渡し場とも言われていたんだよ」
 高橋は案内され、その跡を見るが、面影はその杭程度。町から見ると結構上流にあり、川幅は狭まるが、浅瀬が少ない。だから船底を突きにくいので、ここにできたのだろう。
「三途の川ですか。ここは木佐美川でしょ」
「川の名は色々ある。この町では木佐美川だが、下流や上流では呼び名が違う。わしらは三途の川と言っておる」
「じゃ、向こう岸へは渡れないのですね」
「彼岸と此岸」
「はい」
「此岸とはこちら側の岸、しかし彼岸は今見えておる向こう岸を指すのではない」
「あの世でしょ」
「いや、悟りの世界、涅槃をも差す」
「でも三途の川なのだから、あの世でしょ」
「まあな」
「ところでオジサンは土地のボランティアですか」
「違う。死神御用達の川船頭」
「はあ」
「死神も一緒に渡ることもあるが、ここいらの死神は、この渡し場まで、あとはわしら川船頭が引き受ける」
「そういうシステムだったのですね」
「そうじゃ、だからウロウロしておると、危ないぞ」
「オジサンが乗せてくれるのですか」
「わしは人さらいじゃないが、ウロウロしておると、わしも間違って、乗せてしまうかもしれん」
「舟は」
「呼べば来る」
「縄のようなのを引っ張るとか」
「それは向こう岸の舟を呼ぶとき。ここは一方通行じゃ。それは普通の渡し船。わしら三途の渡し人は縄ではなく紐を引く」
「見せてください」
 船頭は腰から印籠のようなのを取り出し、下に垂れている組紐を引っ張った。
「来るぞ」
「え」
 高橋は走り逃げた。船頭は葦原の奥へと逃げた。
 向こう岸には多くの人達がこちらを見ていた。羽織袴、大小腰に差した侍もいる。小さな子供もいる。その周囲だけ季節外れの菊が咲き乱れていた。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 12:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする