2019年10月20日

3546話 運命


 運を天に任せる。これは何もしないことだが、それでは何ともし難い。それを何とかする占い師がいる。その範囲は広く、それぞれに専門が違うが、この横山という人は変わった運勢見だ。だが、人の運勢が見えるわけではない。見えておれば、まずは自分の運が分かるはず。だが、横山は自分のことはどうでもいいようだ。この世から外れたと思っているので、栄達は望んでいない。これは欲がないのではなく、そういう欲なのだ。
 時代劇かかっているが、今の話である。当然市井に普通に住んでいる。
 当然欲を出さないので、いいところには住んでいない。どこに住んでも似たようなものだと思っている。世間体を気にしないタイプ。
 苦肉の策がある。その苦肉もなくなり、何ともならなくなった紳士が現れた。今の紳士なので、紳士服売り場で簡単に紳士の身なりはできるが、この人のは良い生地で、高そうだ。だから身なりにふさわしい地位にある人だろう。
 横山は占い師。そこへ来る人の問題は分かっている。落語を聞きに来るのではなく、人生規模の大事な話を聞きに来る。それがたとえ占い内容がそもそもフィクションであっても、それが必要な人がいる。だから占い師は廃れない。
「特殊な占いをされるようですが」
「いやいや、私のは占いではない」
「じゃ、看板を読み違えましたか」
「いえ、書き違えたわけではありませんが、まあ、運命鑑定のようなものです。これを運勢と呼んでいますが、それを当てるわけではありません」
「では聞きますが、運勢とは何ですか。よく言う運とは何ですか」
「うん」
「その運とは何でしょう。それは変えられるのでしょうか。運命は変えられるという人もいるでしょ」
「うん」
「その、運について教えてください」
「外枠から聞いてこられる人は珍しい。いきなり本題に入るのが普通でしょ」
「いや、あなたを疑っているわけではありません。ふとそんなことを思ったのです」
「運命というのはあなただけでは成立しません。世の中はシンクロしているわけです。たとえ孤島で一人暮らしでも、天気もあるし植物もある。海もあるでしょ、動物もいるでしょ。それらとシンクロしているはず。特に人の運命は人との絡みで成立することが多いので、そこばかり注目しますがね」
「はい」
「あなたがここへ来るまで、誰かとすれ違ったでしょ」
「よく覚えていませんが、駅から来ましたが、無数の人達とすれ違ったのは確かですが、見知らぬ人達です」
「ここへ来るまで、何か見られましたか」
「赤いのが」
「何ですか。赤ですか」
「赤いものが上でひらひらしているので、見ると洗濯物でも干しているところだったのでしょうねえ。二階のベランダです。敷物のようなので服ではありませんでした」
「干している最中なので、ひらひらしたわけですね。つまり動くものとして目立った」
「はい」
「吉岡さんの家でしょう。私も見たことがあります。その赤いものを。吉岡の婆さんは踊りに参加しています。そのときの衣装で、下に巻く赤いお腰です」
「それが何か」
「だから、あなたが通っているときと洗濯物を干しているときとが重なったのです。ほんの数分かもしれませんねえ」
「それが何か」
「運命とは時間軸が決めているのです」
「時間軸」
「一歩出遅れたので助かった。早く出過ぎたので、嫌な奴と鉢合わせになった。等々です」
「何ですか、それは」
「この僅かな時間の差が運命を決めているのです。それはほぼ定まっていますが、歩みを少し緩めれば洗濯物のひらひらも見なかったかもしれませんよ。逆に歩みを早めすぎた場合も、まだ洗濯物を乾かしにベランダに出ていなかったかもしれません」
「それは偶然でしょ。私との因果関係が何もない」
「あなたがそこを通ることが関係です」
「はあ」
「人の運命はそれら時間の重なり具合で決まるのでぅ」
「それは占いですか」
「さあ、得体の知れないものでしょ」
「私の場合、どうすれば良いのです。実は仕事が……」
「それは言わなくても結構です。細かいことは」
「占って欲しい内容を言わなくてもよろしいのですか」
「はい」
「じゃ、私はどうすべきでしょうか」
「運命、運勢を変えればいいのです」
「それは、まあ、そうなんですが、どうやって」
「簡単です」
「何か、買うわけですか」
「何も売りません。何も売らない占いですから」
「では、方法を教えてください」
「事々、物事、全て時間の一寸した事々で決まるもの。それは先ほどお話ししましたね」
「はい、聞きましたとも横山さん」
「だから、そいつをちと弄ればいいのです」
「どのようにして」
「あなたの仕草を見ていますと、額に手を当てるのが癖のようですね」
「この癖を辞めろと」
「いえ、少し早いようです」
「早い。何が」
「ほら、今もそうです。その手のスピードが早い」
「そんなところを見ておるのですか」
「きっと歩かれるのも早いのでしょ」
「そういわれると、人を追い抜く方です」
「じゃ、ゆるめましょう。足だけではなく全ての動作を」
「はあ」
「すると、先ほどの洗濯物ひらひらのシーンは消えるでしょ」
「洗濯物など関係がありません」
「万事のことが、少し違ってきます。その万事の中の一事か二事が大事なシーンのはず」
「それはただの心がけですか」
「それだけで、出合うシーンが変わってきます。その影響は全体に拡がるでしょう。それで運が変わるやもしれません」
「ほう」
「ただのお話しですよ。そういうことがあるかもしれないというね」
「あなたは道士だったか」
「そんな大層なものではありません」
「やってみましょう」
「今すぐ急いでやることはありません。それこそゆっくりその気になっていけば、そういう動作になるでしょう」
 これはどうも占いではないようなので、見料の支払いに、その紳士は困った。
 それで、指導料として何らかの金額を支払った。
 その後、この紳士の運命が変わったかどうかは分からない。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:39| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする