2019年10月23日

3549話 大丈夫


 無難、無事、大丈夫。このあたりはたまに使うし、よく聞いたりする。無難にこなすとかは、一寸ややこしそうなことをクリアーしたときとか、普通にやっているだけだが、特に問題はなかったとかでも使う。無事も似たようなものだが、災難とは限らない。何事もなかったという意味だろうが、そのことはあまり良いことではなかっただけではなく、行事などが無事終わるなどは、悪いことではない。災難ではない。難儀なことではあるかもしれないが。
 大丈夫となると、これは人だろう。大いに大変丈夫な人と言うことになる。自分は大丈夫だといった場合、凄い丈夫な人を指すことになるが、自分のことを自慢しているわけではない。結果的に身に何も起こらず、無事だったということか。
 ただ、この大丈夫、「だいじょうぶ」で、そういうフレーズだ。夫なので、男だけではなく、もう漢字から離れて使われている。
 そして、「大丈夫か」などとよく使うので、使いやすいのだろう。大事ないか、でもいいのだが。無事でいたか、でもいいのだが、「大丈夫か」の方が言いやすい。これは「だいじょいぶ」という語呂だろう。音として二つよりも多い方が聞き取りやすい。そして、いかにも元気でいるという感じが強い。
 ヨレヨレの人が歩いているとき、怪我でもしているのだろうと思い「大丈夫か」と聞く。また、精神的に傷んでいる人に「大丈夫か」と聞く。「無事か」では一寸遠い。
 まあ、丈夫で何よりだが、頑丈な人だけに当てはめるわけではない。あることに関して、何ともなかったか、無事だったか程度。
 大丈夫は超人だ。もの凄く強い人。だから、まるでその強い人のように、難なきを得たのだろう。
 無事というのは状況まで差していることがある。悪いことが起こり始め「わしらも無事でいられるはずがなかろう」というが、「わしらも大丈夫でいられるはずがなかろう」では、少し違う。これなら、最初から丈夫な人になる。「大丈夫だった」のその人は、丈夫な人とは限らない。弱い人だったが、大丈夫だったとなる。
 大丈夫は、言葉が無事よりも長いので、ちょうどそれぐらいが良いのだろう。
 大丈夫に近いのは、達者がある。「大丈夫だったか」と「達者でいたか」の使い分け、これは自然にやっている。大丈夫も強い人だが、達者も、達者な人で、技巧派でもあり達人なのだから。達人、名人。ただ「達者で暮らせよ」などと健康状態を言っていることもある。そのレベルは大丈夫に匹敵するが、達者というのは、上手く避けたとか、上手く交わしたとか、上手にさばいたとか、そういうニュアンスもある。「何事においても達者な人」などで「器用」などの意味もある。
 それらは相手により、使い分けたりする。「じゃ、元気でな」もあるし「じゃ、達者でな」もあるが、達者のほうが時代劇かかっていて古かったりする。「堅固で暮らせよ」は、もう時代劇だけの世界だ。
「無事で何より」よりも「達者で何より」のほうが、相手を褒めているようなところがある。何せ達人レベルだと言っているのだから。
 大丈夫も達者も人物を表している。元気や無事は状況をいっている。この違いだろう。
 だから大丈夫も達者もキャラが先に立ち、そのキャラの象徴として分かりやすいのだろう。
 
   了






posted by 川崎ゆきお at 11:06| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする