2019年10月24日

3550話 交代


 涼しさが寒さに変わりだした頃、田宮は心細くなってきた。季節は秋の中頃。そういう気になりやすい。特にこの時期、精神的に不安定になるのだろう。ただの気候、天気だけの話で、それまでと何ら変わることのない状況なのに、不思議なものだ。ただ、通常でもその不安な気配はしているし、いつ鎌首をもたげるかは分からない。不安感は常にあるのだが、あまり飛び出さない。
 ところが、寒くなり出した頃、それが大きく出てくるようで、田宮はこのときは色々と用事を片付けだしている。不安のもとになる原因は何となく分かっているためだ。
 そして、もう今年も残り少なくなっており、今からやり始めても、もう遅いものばかり。そして今年の初めからやり出したことも、春を待たないで頓挫しており、収穫期に稲など実っていなかったりする。一年間、まとまった何かをやっていなかったためだろう。せめて半年でも続けておれば、それなりの成果はあり、収穫も期待できたかもしれないが。
 そういった焦りのようなものが、この時期出るのだろう。今からやり始めても遅いのだが、今が今年の初めだと思えば、一年分の時間がある。そして秋の収穫時期とも重なり、丁度いい感じだ。つまり、秋から田植えをするわけだ。二毛作のように。本当は不毛作で、毎年まとまった収穫などほとんどない。これが百姓なら失格だろう。
「あなたは土地にしがみついて地味に働くたちではないのかもしれないねえ」
「他にありますか」
「商人なんてどうかね」
「あれは不安定ですから」
「じゃ、武者にでもなるか」
「あれは、怪我が多いし、死亡率も高いです」
「じゃ、土地にしがみつくしかないじゃろ」
「山に入って、狩りをするような感じはどうですか」
「田んぼよりも不安定だ」
「じゃ、何が向いているのでしょう」
「盗賊だな」
「はあ」
「しかし、正業じゃないので、進められん。それに才もいる。誰にでもできる職じゃない。まあ、職とは呼べんがな」
「じゃ、やはりここにいます」
「それしかないか」
「和尚さんの弟子にしてください」
「わしの弟子ではなく、仏様の弟子」
「なんでもかまいません。お願いします」
「それがなあ、増えてのう。困っておる」
「そんなに坊主が多いのですか」
「最近な。特に晩秋の頃。尼寺など満員じゃ」
「でも、見かけませんが」
「ここは狭いので、大きな寺へ行っておる。この前できた山寺など、一寸した町並みじゃ。坊主ばかり」
「修行しますので、ここにこのまま置いてください」
「まあ、親から頼まれて預かっておるだけなので、別に出家することもあるまい」
「しかし、将来が見えないので、お坊さんになろうと」
「それは怠け者がよくやる手でな」
「駄目ですか」
「まあ、しばらくはここで暮らしなさい。そして出家などしないで、世の中に出なさい」
「分かりました」
「わしも若い頃、世の中が生きづらくてのう。それで、寺に逃げ込んだようなもの。そのうち坊主らしくなったが、できればあの頃に戻り、その続きがしたい」
「そうなんですか」
「わしは本物の坊主になってしまったので、窮屈じゃ」
「そうなんですか」
「わしは還俗しようと思っておる。今からでも遅くはない」
「じゃ、交代で、私がこのお寺を継ぎます」
「ははは。そうするか」
「はい」
「交代か、あはははは」
「へへへへ」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 12:07| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする