2019年10月28日

3554話 現場近くの怪しい男


 白骨死体が住宅街で発見された。家の中だ。
 多々良刑事は新米だが、寝ているところを起こされ、すぐに駆けつけた。初めての大きな事件と遭遇したようなもの。
 まだ少し古い家が残っている町で、朝の秋の風は冷たいためか、コートの襟を立てた。まだこの時期早いのだが、寒いのだから仕方がない。
 現場に到着すると、既に大勢来ており、多々良刑事は叱られるのではないかと思ったが、第一声は主任からの指示。現場近くに怪しい男が住んでいることは、所轄側で分かっていたので、念のため、様子を見てこいとのこと。
 多々良刑事はもう取り壊されるのではないかと思えるような安アパートの二階へ上がった。守口という男で、表札がかかっているので、ベニヤ板で補強したドアを叩いた。鈍くたるんだ音しか出ない。
「何か御用ですかな」
「警察のものですが、何か怪しいものを見ませんでしたか」
「いつですかな」
「昨夜でも、その前でも」
「寝ていましたがね、一度トイレに立ったとき、下の通りを何人かが歩いていました」
 しかし、発見されたのは白骨死体。その家に放置されたのか、持ち込まれたのかは分からない。空き家だ。それを発見したのは空き家の管理人。借家だ。
「詳しく話して頂けませんか」
「天麩羅がねえ」
「はあ」
「いや、天麩羅であたったのでしょうかねえ。昨夜トイレに立ったのは下痢でしてね。これは出し切ったのか、それで終わりましたが」
「はい」
「その天麩羅、古かったのでしょう。夕食で買ったのです。スーパーで。そのときアルミ鍋に入った天麩羅うどんにするか、鍋で煮て食べるパック入りにするかで迷ったのです。ものは同じなんです。入れ物が違うだけ。一方はアルミ鍋付き。これはあとで使えるでしょ。それに鍋も丼鉢も必要としない」
「はあ」
「少し風邪気味だったので、楽をしたいと思い、いつも買うはずの安い方ではなく、この高い方にしたのです。ところがです。すぐ横に賞味期限切れ間近品が置いてありましてね。そこを先に見るべきだったのですが、数ある品の中から売れ残ったのが上がるわけですから、天麩羅うどんが上がるとは限らない」
「あのう」
「もう少しです」
「はい」
「すると、偶然天麩羅うどんが置いてありました。ただ一つね。しかし、残念なのは安い方で、アルミ鍋ではないタイプ。ですが半額なんです」
「あのう」
「それでレジ籠に入れていたアルミ鍋天麩羅うどんを戻し、安い上に半額になっているものをさっと掴みました。この差額は結構ありますよ。だから、アルミ鍋が欲しかったし、鍋や丼を汚すのも嫌だったのですが、経済には勝てません」
「あの、怪しい人たちを複数目撃したという先ほどのお話ですが」
「怪しかったのは、その賞味期限間近の天麩羅でしたよ。それしか食べていませんからね。うどんで当たるわけがない。出汁も。乾燥ネギもね。犯人は天麩羅だ。しかも衣だけの中身のないかき揚げのようなやつ」
「あのう、ちょっと」
「あれは小麦粉そのものですよ。うどんも小麦粉、天麩羅も小麦粉。小麦粉をご飯に小麦粉をおかずに食べているようなものですよ。しかし、油が入っていますからね。まあ、おかずになります。それに塩気があるの、食が進む。それに昨夜冷えたでしょ。こういうときは脂っこいものが効きます。だから出汁も全部飲みましたよ」
「しかし」
「何ですか、刑事さん」
「天麩羅が犯人だとは限りませんよ」
「それは如何なる理由で」
「賞味期限間近で、まだ切れていません。それに多少切れていても、そんなことで腹を壊すようなことはないかと思います」
「じゃ、何故下痢を」
「昨夜寒かったと言ってましたね」
「台風が去ったあと急に冷え込みました」
「風邪の諸症状の一つじゃないですか」
「おお」
「どうです」
「解決しました」
「じゃ、これで」
 多々良警部は現場に戻った。
 主任は忙しそうに現場で指揮を執っていた。
「どうだったかね。守口は」
「普通でした」
「そうか。何か怪しげな様子はなかったね」
「天麩羅が怪しいと言ってましたが」
「天麩羅が怪しい。なんじゃそれ」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 12:26| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする